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「がんをスパコンとAIで撲滅」宮野悟ヒトゲノム解析センター所長

5/20(月) 7:02配信

FRIDAY

東京・白金台にある東京大学医科学研究所。関東大震災直後に建てられたという重厚な本館を通り過ぎた奥の建物で、国内最大の演算性能を持つスーパーコンピュータ「SIROKANE」が唸りをあげていた。このスパコンを駆使して、がん治療をはじめとする最先端医療に取り組んでいるのが、ヒトゲノム解析センター長の宮野悟教授(64)である。

「ヒトの全ゲノムは30億文字。見つかる遺伝子変異の数は、数百から数百万もの単位になる。そこから一つ一つの変異について調べ、がん細胞に影響を与えている遺伝子を特定し、それに合わせた最適な治療法を選択しなければなりません。この膨大な作業はスーパーコンピュータとAI(人工知能)なしで行うことはとても無理なのです」

たとえば、こんな例がある。人間ドックで血液に異常が見つかり、専門の病院を受診したところ、急性骨髄性白血病の疑いと宣告された患者がセカンドオピニオンを求めて医科研の血液腫瘍内科に来院した。病理検査では融合遺伝子(構造的に欠陥のある遺伝子の一部がくっついてしまったもの)が見つかった。しかし急性骨髄性白血病は変異を持つ遺伝子も変異形態も非常に多様であるため、病気の原因は本当にこの遺伝子だけなのか、全ゲノム解析が実施されることになった。

「この患者さんのゲノムを解析してみたところ、約7000の変異と108の構造異常(領域ごと脱落したり、逆に不自然な挿入が起こること)が見つかりました。この解析結果をAIの『ワトソン』に情報処理させるのです。2000万件もの文献を学習している『ワトソン』は、病気の原因として可能性が高いのはたった1つの構造異常だという結論を、わずか10分で出しました。他の変異や構造異常が原因ではなく、ある特定の構造異常だけが原因だったとわかること。これは患者さんにものすごい安心感を与えます。しかも、この患者さんは幸運なことに、原因とされた融合遺伝子に対して既存の抗がん剤が有効でした」

この患者がもし再発したときには、すでに全ゲノムを読みこんで全部の変異を調べ出しているため、次にどこをチェックすればよいかということもわかる。

「今も最終的な診断(判定)は人間の医師が下します。しかし、従来は前段階でAIが行っている膨大な文献を読む作業を医師が行っていた。文献の数は飛躍的に増大しており、人間の能力では到底チェックしきれません。例えるならAIというパワースーツを着た医師たちが、医科研に登場しているのです」

このように全ゲノム解析を使った医療は、日々めざましい発展を遂げ、世界の医学界で主流となりつつある。’03年、世界初の「ヒトゲノム計画」が完了し、人間が持つおおよその遺伝子数が解明された。翌’04年にアメリカは「1000ドルゲノム」という、約10万円で一人のヒトゲノムを解析できる技術を開発するプロジェクトを開始、’14年に実現させた。現在、日本は欧米に大きく後れをとってしまっている。それはどうしてだろうか。

「ゲノムはカネばかり食って役に立たない……日本では、そんな風潮が支配的になり、“失われた10年“の間、ゲノムは忘れ去られてしまった。その頃、世界ではゲノム解析技術がますます大規模化していった。それも逆風になりました。若い研究者にとって、ゲノム研究は、自分が差配できるような金額の研究費で大きな発見ができるものではない、というように考えられてしまったのです」

’07年に京都大学の山中伸弥教授がヒトiPS細胞を作製したことで大きな注目を集め、国家を挙げて“選択と集中“がなされたことも影響した。’09年には次世代スパコン推進事業が「事業仕分け」の名のもとに縮減された。

「がんゲノミクスの研究者というのは今日の日本では絶滅危惧種です。ひるがえって海外では別世界が広がっています。

ゲノム解析は、現在、最も高い精度で生体情報を計測できる技術になっています。数理的な手法と情報科学、そしてスパコン。さらにはAIを駆使して塩基配列から病気の原因を探し出す、という方式が世界的には定着しており、医療の最前線に数学者が関わることは珍しいことではありません。ところが日本においては、いまだにゲノムでがんはわからないと考えている医師が少なくない」

日本では異端扱いされる宮野教授自身、もとは数学者である。

魚マニアだった少年時代から生物には興味があったが、数学の神秘性に取りつかれ、九州大学理学部の数学科に進む。大学院の頃、当時は数学ではないとされていたコンピュータを扱う情報科学の道にあえて進んだ。

「自分が自己実現できるものは何だろうかと思ったときに、誰もやっていないことをやろう、と。

’90年には九大の近くの居酒屋で、バイオテクノロジーの研究者である久原哲先生から『今度ゲノムプロジェクトが始まるんだけど、入ってみんか?』と誘われました。分子生物学の基礎知識がないというと、久原先生が『俺がみんな教えちゃる』と、本当に毎週、夕方6時から分子生物学の講義をしてくれたのです」

人に頼まれたらノーと言えないという宮野氏だが、その根底には、九大の助教授の頃に、元総長だった有川節夫氏に言われた言葉があるのだという。

「次々に降ってくる用事に、つい愚痴を言ったところ、有川先生から『宮野くん。人間は大切なことは、できない人には頼まない。できると思って頼んでいるのだから、受けなさい』と言われたんです。それが常に頭の中に残っていました」

宮野氏は以後、日本の数学者としては希有な道を歩み続ける。元ゲノム解析センター長で、現在、がんプレシジョン医療研究センター所長の中村祐輔博士と出会い、京都大学の小川誠司教授とがん治療の共同研究に携わる。中村博士の後任としてゲノム解析センター長に就任したのは、’14年のことだった。

「’11年頃には解析技術と機械のめざましい性能向上によって、シーケンス(解析)のコストが下がってきた。そこで、これからのがん治療は全ゲノムを見ていかなければ、と思い定めました。

とにかく、まずはお金を稼がないといけない。国から研究費を貰おうにも、がん治療のための全ゲノム解析という項目はありません。そこで目をつけたのが、当時わずかばかりの課金をしていたスパコンの課金収入でした。その課金収入を伸ばせば、がんのゲノム医療にまわせるのではないか、と。

ユーザーを増やし、世界のトップ研究をここから次々に出していくことを目標とすると、中村先生が以前声をかけていた小川先生や高橋隆先生(現・愛知県がんセンター総長)たちが、ここのスパコンを使ってくれるようになった。いまの日本のがんゲノミクスのトップ研究はほとんどここのスパコンから出ています。

すると、ユーザーが集まり、収入が急激に増えていきました。年間収入2000万円を達成目標にしていましたが、今は1億円を超えている。それを病院でのゲノム治療にまわしています。シーケンサー(解析機)を購入し、実験者の人件費を出し、臨床研究応用まで持っていけるようになりました。

とはいえ、私たちは国からの研究費というかたちではほとんどサポートされていませんので、引き受けられる患者さんは限定的になっています。それでも2年後くらいには、一般の患者さんが過剰な負担にならない程度の金額で全ゲノム解析ができるようになるでしょう」

宮野氏はさまざまな壁にぶつかっても、ひたすら自分の進む道を考え続けている。

「私は数学者出身ですから、医学界のしがらみに囚われていません。皆さんがプログラム言語を書けなくてもパソコンやスマホを使いこなしているように、私としては医師にゲノム解析とAIというパワースーツを着てもらいたい。

現在、考えているのは、全ゲノム解析費用を捻出する仕組みについてです。私のアイデアは、保険会社が出せばよいのではないか、ということ。がん保険はいまや巨大な市場であり、その積立金は1兆円を越えています。患者さんもゲノム解析つきがん保険があれば入りたいと思うはず。そこに勝機があると思うのです」

医療と数学、物理の壁は消えかかっているが、法律がサイエンスに追いついていない。日本の医療を推進する上で、数学者や物理学者の参入は不可欠なのだ。

「欧米では、数理的なバックグラウンドを持った人たちがバイオロジーや医学の中心で活躍している。道は険しいですが、これからの日本の若い数学者の人たちに自分がアドバイスできるとしたら、先の有川先生の言葉と、もうひとつ。成功することがゴールではない、ということ。どのように生きたかということを自分が納得すればいいじゃないか。そういう意味で捨て石になる研究者としての生き方もあるんだよ、と言いたいのです」

『FRIDAY』2019年5月24日号より

最終更新:5/20(月) 7:02
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