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映画『マルリナの明日』:インドネシアの女性監督が秘島で西部劇を撮るとどうなるか

5/20(月) 15:30配信

nippon.com

2017年のカンヌをはじめ、数々の国際映画祭に出品されて話題を呼び、世界の映画ファンが注目するインドネシア映画『マルリナの明日』。2017年の東京フィルメックスで最優秀作品賞に輝いた異色の作品がいよいよ日本で一般公開される。

まずは、この映画の宣伝文句に使われている「ナシゴレン・ウェスタン」という言葉にあえて「引っ掛かって」みたい。言うまでもなく、1960年代から70年代にかけてイタリアで量産された西部劇に付けられた「マカロニ・ウェスタン」をインドネシアの焼き飯「ナシゴレン」でもじった呼び名だ。

『マルリナの明日』に登場するのは、幸福な暮らしから見放され、悲しみが顔に刻まれた人々。その心を反映したかのように荒涼と広がる景色。ならず者たちを返り討ちにし、追手から逃れ、地平線まで続く一本道を行く孤独な主人公…。確かに極めてマカロニ・ウェスタン的だ。そこへ哀愁たっぷりの音楽が流れる。イタリア西部劇の音楽を数多く手掛けたエンニオ・モリコーネを思い出さずにはいられない。さらに、マカロニ全盛期と時を同じくして、これまた独特の西部劇を撮ったアメリカ人監督サム・ペキンパーの『ガルシアの首』へのかなりダイレクトなオマージュもある。

だからといってパロディー的なおふざけや、映画オタク的な自己満足は感じられない。それは監督がカウボーイ好きの「永遠の映画少年」ではなく、女性だからなのか。映画のオリジナル公式サイト(英語版)のインタビューを見ると、監督のモーリー・スリヤ(1980年生まれ)は西部劇にさほど思い入れがないことを明言している。前2作と違う作風にするために、ウェスタンの要素を使うアイディアが浮かんだというのだ。

彼女に西部劇の要素を取り入れたいと思わせた直接の引き金は、この物語の舞台であるスンバ島の風景だった。スンバ島はバリ島から東に400キロほど離れた島で、乾燥して草木の少ない未開の地に、伝統的な祖霊信仰が残る。インドネシア人にとっては特別な場所のようだ。原案となるストーリーは、スンバ島で過ごした経験を基にインドネシア映画界の巨匠、ガリン・ヌグロホが書き、女性に監督してほしいとスリヤ監督に話を持ちかけたという。彼女はその短い辺境の物語をウェスタン風のめくるめく活劇に仕上げてみせた。

『マルリナ』は、2017年のカンヌ映画祭「監督週間」に正式出品された後、11月にインドネシア全土の80館で公開されると、記録的な数の観客を動員した。アクション、ホラー、ロマンティック・コメディが主流の同国で、こうした作家性の強い作品が支持されるのは極めて異例だという(仏ル・モンド紙)。同月、東京フィルメックスで上映され、同じインドネシア出身の女性監督カミラ・アンディニの『見えるもの、見えざるもの』とともに最優秀作品賞を受賞した(ちなみにアンディニ監督は『マルリナ』の原案を書いたヌグロホの娘)。

カンヌ上映後のフランス・メディアの反応には、男たちの暴力に立ち向かうヒロインの姿と、インドネシアという父権社会の中で独自の表現を探求する女性監督の活躍を重ね合わせ、フェミニスト的な視点から称賛したものが少なくなかった。しかし単に女が男をやっつける爽快感だけで見てしまってはもったいない。この物語の舞台となる孤島の古い社会では、男が女を所有することよりも、生者と死者が共存することのほうが根源的であり、そこから湧き出る生と死をめぐる豊かなイメージが、この映画にユニークな存在感を与えているのだ。

マーシャ・ティモシー演じる主人公マルリナの、喜怒哀楽を表に出さず、決意を内に秘めた険しい表情が印象的だ。そこに裂け目が生じ、感情がほとばしる瞬間に心が揺さぶられる。どこまでも続くと思われた道の彼方に、輝く海が見えるシーンは忘れがたい。

文=松本 卓也(ニッポンドットコム多言語部)

作品情報

・監督=モーリー・スリヤ
・原案=ガリン・ヌグロホ
・出演=マーシャ・ティモシー、パネンドラ・ララサティ、エギ・フェドリー、ヨガ・プラタマ
・脚本=モーリー・スリヤ、ラマ・アディ
・撮影=ユヌス・パソラン
・音楽=ジキ・カッセリ、ユーディ・アルファニ
・配給=パンドラ
・宣伝=太秦、スリーピン
・上映時間=95分
・製作年=2017年
・製作国=インドネシア・フランス・マレーシア・タイ合作
・公式サイト=https://marlina-film.com/

2019年5月18日より渋谷ユーロスペースにてロードショー!以後全国順次公開

最終更新:5/21(火) 11:15
nippon.com

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