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ヘレン・ケラーの生家で知る驚きの事実。「奇跡の人・アニー」って誰?

5/20(月) 15:04配信

サライ.jp

文・写真/大井美紗子(海外書き人クラブ/アメリカ在住ライター)

ヘレン・ケラー。見えない・聞こえない・話せないと三重の障害を抱えながらも、精力的に講演と著述業を行った活動家である。

ヘレンの名を聞くと、舞台『奇跡の人』を思い浮かべる方も多いのではないだろうか。1959年の初演から今も世界中で愛されている作品で、今年4月からは日本各地で高畑充希主演の作品が上演されている。ただ、この「奇跡の人」がヘレンではなく彼女の家庭教師サリバン先生を指すという事実を知っている方はどれだけいるだろう。

母は肺炎、父はアル中。過酷な環境で視力を失う

『奇跡の人』の原題は『The miracle worker』。「奇跡をもたらした人」という意味である。ヘレン・ケラーの存在が奇跡なら、それを可能にした人がサリバン先生なのだ。

サリバン先生のフルネームは「アン・マンスフィールド・サリバン・メイシー」で、アメリカではファーストネーム「アン」の愛称である「アニー」と呼ばれることが多い。ここでも親しみと敬意を込めて「アニー」と呼ぶことにしよう。

アニーはヘレン・ケラーと同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に過酷な環境を乗り越えた人である。しかしその功績は長年、ヘレンほど注目されることがなかった。ヘレンは1973年に米国女性の栄誉殿堂に名前を連ねるが、アニーが殿堂入りしたのはそれより30年も後の2003年である。

アニーはアメリカ北部・マサチューセッツ州に入植した貧しいアイルランド移民の家庭に生まれた。5歳頃に眼病を患うが治療できず、視力を失う。母親は肺炎で亡くなり、アルコール中毒の父親は子どもたちを孤児院に放り込んだ。衛生環境のひどい孤児院で、アニーの弟も命を落とした。アニーは14歳で盲学校に入るまで読み書きもできず、自分の誕生日さえ知らなかった。そんな出自を恥じたのか、彼女は60歳になるまで自分の過去を語ることがなかった。だから人々がアニーの生い立ちを知る機会はなかなか訪れなかったのである。

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最終更新:5/21(火) 9:00
サライ.jp

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