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寝屋川中学生殺害事件・山田浩二死刑囚獄中手記!

5/21(火) 19:46配信

創

拘置所に戻ってから目の前が真っ暗に

 そんな中11月1日を迎え、裁判所へ向かい法廷へ……。ついに始まった初公判でした。いろいろな意味で必要以上に世間から注目されることになってしまいました。そして11月21日に論告求刑、12月19日に判決が宣告されましたが、この期間の法廷での出来事や心境等を書き出せばすごく長くなるので割愛します。とりあえず結論として求刑通り死刑判決となりました。
 死刑という極刑を宣告されたにもかかわらず「今何が起きているんだ?」と場の空気や現実を受け止められず、時の流れについていけてない感じだった当時の私。私自身より弁護士の先生方が悔しがっていたのが印象的でした。結果として一番望んでいない形の判決が出たわけですが、その原因や責任を弁護士のせいにするつもりもなかったし、本当によく弁護して頂いたとその時は感謝の思いでいっぱいでした。やるだけやっての結果なんだからそれを責任転嫁するのは間違っている、とその時は思っていました。
 私は判決理由をうまく聞き取れなかったし、何故あのような主文を宣告されたのか意味も判らなかったのですが、弁護士は判決理由について明らかな事実誤認があると指摘し、即日控訴を申立てました。また判決が出て、第一審が終了したため、第一審弁護団(国選)が事実上の解任となりました。
 裁判所から拘置所に戻り居室(監視カメラ付き単独室で床はフローリングで出来ている新棟C棟6階、オウムの井上嘉浩元死刑囚もこのフロアにいたらしい)で、一人になり、その日あった出来事を改めて思い返しました。夕方のラジオ「NHKニュース」で報道されるかなと思いましたが、大阪拘置所ではこの時間帯は主に午後のニュースを録音したものが放送されるため「判決は午後2時からの言い渡し」との報道だけで、私の判決が流れることはありませんでした。また領置金がなく新聞を購読することも出来なかったため、翌日の新聞で私の判決記事を見ることもできませんでした。
 ただ拘置所の居室に戻り、一人になって判決のことを思い返し、「死刑」という判決の意味や大きさについて考え、ようやくこれは大変なことになったぞと気付きました。目の前が真っ暗になって行きました。
 求刑の前もそうでしたが、判決も一番厳しいものが出たことで、希望を失い絶望しか考えられず、もう何が何だか判らなくなりました。ラジオからは平成最後の3連休「天皇誕生日」からのクリスマスや年末年始ということで、DJの楽しそうなトークやクリスマスソングが流れてきます。その時の私が一番聴きたくないラジオ放送でした。スイッチをOFFにし、誰にも会いたくない思いでした。

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最終更新:5/25(土) 15:34

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