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寝屋川中学生殺害事件・山田浩二死刑囚獄中手記2

5/21(火) 20:19配信

創

出頭しようと福島から大阪に戻って身柄拘束

●はじめに  
 前号に続いて寝屋川中学生男女殺害事件の山田浩二被告の手記を掲載する。前号の手記は本文記事末尾にある関連リンクからアクセスいただきたい。 
 寝屋川事件とは、2015年8月、大阪府寝屋川駅周辺にいた中学1年生の男女が行方不明になり遺体で発見された事件だ。逮捕されたのがその夜、そこを車で通りかかった山田被告だった。
 この裁判では、検察と被告側との主張が全く対立し、裁判所は被告の主張を退けて死刑判決を下した。ただ、動機を含めて事件の真相はほとんど解明されていない。本誌は山田被告の主張に同意して手記を掲載するわけではない。ただ真相解明のためにわずかでも役に立てばという思いからこれを掲載するものだ。犠牲になった2人の冥福を改めて祈りたい。(編集部)

 私は平成27年8月21日午後6時20分に身柄確保され、同22分に死体遺棄罪で逮捕状の緊急執行をされました。
 その数日前まで私は福島県の被災地で除染作業に就き、真面目に働いていました。平成26年10月22日に前刑で約12年務めていた徳島刑務所を出所し、その日のうちに刑務所の斡旋(あっせん)により福島県に移ったのです。
 私は、今回の事件発生後に、とある理由で「出頭」しようと思い、福島県から大阪に戻ってきていました。諸事情等で「出頭」するタイミングが合わず、当時交際していた元カノに大阪に戻ってきた理由や、これから「出頭」しようと決めていることなどを説明しようと思って接触し、私が運転する車に同乗させて、一緒に実家のある寝屋川市に行こうとしていました。実家に住む両親に、事件に関するそれまでの経緯を説明して高槻警察署へ「出頭」しようと考えていたのです。
 ところが、元カノを乗車させた3分後に捜査車両で道路を封鎖されて身柄確保となったのです。大阪市城東区の路上で、数人の捜査員にうつぶせにされ押さえ込まれました。無抵抗だったのに殴られたりもしました。ここまでするか?レベルの押さえ込みや暴行を受けたのです。何の事情も知らない元カノや逮捕の瞬間を目撃した通行人はさぞ驚いたことでしょう。
 既に大阪府警は私を内偵、尾行していて、元カノと接触するのを把握していたようです。身柄確保されたその瞬間には現場に報道記者も数名いたそうです。そして、私は両脇を捜査員に抱えられて捜査車両に乗せられ、大阪府警まで連行されました。高槻署に「出頭」するプランがすべて台無しになった事で頭の中がパニック状態となり、何が私の身に起こっているのか理解できず、これから何が始まるのかさえ考えられませんでした。
 そんなとても正常でない精神状態の中、連行中の捜査車両内で両脇にいた捜査員たちから「何故2人を殺したんや、人を殺したら死刑になるんわかっているやろ」「これが娑婆の夜の見納めになるぞ」「(殺害を)認めたらお前と彼女は2人とも死刑になるのう」「彼女もしばらくは家に帰れへんぞ」「男の子の居場所は彼女も知っているだろう。彼女から話を聞かなアカンし、お前の家族もしばらく帰れないぞ」などと、脅し口調で言われました。
 もう既に「私が被害者2人を殺害したこと、逮捕前に一緒にいた元カノが共犯で男の子の居場所を知っていること、私の両親も事件に関与していることなど、勝手に決めつけられ、捜査員の中では憶測ストーリーがいくつか出来上がっていたようでした。
「私は殺害していない」ことを説明する為に「出頭」しようと、全てを捨てて福島県から大阪に戻ってきたのに、しかも身柄確保された時点では男の子の遺体や身柄も確認されていないはずなのに、殺害していると決めつけられていました。 
 事件には全く関与もしていないし事情すら知らない元カノや両親が共犯扱いされたりしていることにすごくショックを受けました。このまま正直に事情を説明しても信用されないだろうし、とにかく元カノや年老いた両親を事件に巻き込む訳にはいかない。「それだけは阻止しなければ…」と考え、見納めになるだろう夜景など、のん気に楽しむどころではありませんでした。
 そして大阪府警本部周辺に来た時に「府警本部前はマスコミ報道陣でいっぱいやぞ」と言われました。そんな短時間で報道記者がたくさん集まるものなのか?と思いました。

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最終更新:5/25(土) 15:40

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