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シリーズ・2回のお代替わりを見つめて(10)退位礼と即位の儀式:貫かれる天皇3代の思い

5/21(火) 15:02配信

nippon.com

「三種の神器」と天照大神

30年前、1989年1月の平成の皇位継承儀式については、この連載6回目の「新年宮中行事:悲しみに包まれた30年前」で書いたので重複を避けたい。

今回の皇位継承儀式でも登場して注目された「三種の神器」について、当時の取材メモなどを見ながら記していく。天皇の正統性を万世一系といわれる血統のほかに、形あるもので示したのが神器だ。

日本神話を記した古事記や日本書紀から要約すると、皇祖とされる天照大神(あまてらすおおみかみ)が孫のニニギノミコトを天上界から地上界に送る(天孫降臨)際に授けたのが、「三種の神器」とされる鏡、剣、曲玉。天照大神は特に鏡について、「私の御魂と思って祀るように」と指示した。ニニギノミコトの子孫が初代の神武天皇とされている。

こうして、皇居の宮中三殿の中央にある「賢所」には天照大神が祀られ、「三種の神器」の鏡が納められている。天皇や皇族が今も即位、退位、結婚など重大事には、まず賢所に拝礼、報告されるのはこのためだ。また、剣と曲玉は天皇のお住まいの御所に保管されている。

昭和天皇の終戦までの半生を描いた児島襄の大著「天皇」(文藝春秋社刊、全5巻)。その第1巻「若き親王」に、昭和天皇がご自分の立場を自覚し始めた頃の興味深いエピソードが記されている。学習院初等科2年生の時(明治42年=1909年)のことだ。

≪学習院から帰る途中、沿道には通りすがりの市民たちが並び、裕仁親王に敬礼するのが恒例だった。侍従が「どうして宮さまばかりに最敬礼をいたすのでしょうか」と質問すると、裕仁親王は即座に「天照大神の子孫だからです」と返答されたという。(一部簡略)≫

昭和天皇は人間宣言で、ご自分が神であることは明確に否定した。だが、「天照大神の子孫として祖先を敬い、熱心に宮中祭祀を行って、国家と国民の安寧や繁栄を祈られてきた」と侍従たちは語っていた。

新憲法下で、皇室の宮中祭祀は天皇の私的行為とされ、祭祀の担当者や費用はけじめをつけて、天皇家の私費(内廷費)から支出されている。上皇さまも宮中祭祀はきちんと行うが、国民に負担をかけないよう、私費で行って来た。天照大神を祀る伊勢神宮に退位報告のため、4月に「三種の神器」の剣璽を伴って参拝をされたが、両陛下(当時)の交通費などは内廷費が充てられた。

新陛下は即位直前の2月の記者会見で、「古くからの伝統をしっかりと引き継いでいくとともに,それぞれの時代に応じて求められる皇室の在り方を追い求めていきたいと思います」と述べられている。「三種の神器」を側に置き、時には平安朝の古式装束で宮中祭祀に臨み、祈られる。それも長い歴史を誇る天皇の実像である。

(2019年5月13日 記)

【Profile】

斉藤 勝久 SAITO Katsuhisa
ジャーナリスト。1951年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。読売新聞社に入社後、社会部で司法を担当したほか、86年から89年まで宮内庁担当として「昭和の最後の日」や平成への代替わりを取材。医療部では著名人が自ら語る闘病記「一病息災」を連載した(医療・健康サイト「ヨミドクター」に収録)。2016年夏からフリーに。

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最終更新:5/21(火) 15:02
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