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【文庫双六】荷風も読んでいた英の“世紀末詩人”――川本三郎

5/21(火) 11:00配信

Book Bang

【前回の文庫双六】【文庫双六】食と書物に耽溺する「南條竹則」の一冊――野崎歓
https://www.bookbang.jp/review/article/566156

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 南條竹則さんのことは、その卓抜した語学力もさることながら、英米文学から中国文学に至るまで豊富な知識を持った翻訳者、そして文学者としてかねて遠くから敬していた。

 野崎歓さんの文章で、ラテン語の知識も深いと知って改めて脱帽した。

 南條さんの仕事で舌を巻いたのは、編訳『アーネスト・ダウスン作品集』。

 二〇〇七年に岩波文庫からこの本が出た時、いまどき、よくこんな忘れられた詩人の作品(小説と詩)を翻訳する人がいると驚き、感嘆したものだった。

 ダウスン(一八六七―一九〇〇)はイギリス世紀末の詩人。世紀末の文学者というとボードレールをはじめフランス人が語られることが多いが、イギリス人では珍しいのではないか。

 南條さん自身、解説で「アーネスト・ダウスンは大詩人ではないけれども、細々と長く愛されて来た詩人」と評している。

 岩波文庫版の惹句によれば「悲恋と秋と酒の詩人」。メランコリックで悲しい。

 私がこの詩人に興味を持ったのは永井荷風がらみ。

 日本でダウスンを早くに紹介した一人に、英米文学者の平井呈一がいる。

 荷風の読者なら御存知だろう。荷風を敬愛しながらその原稿を偽造し売ったために荷風の怒りを買った。

 近年、紀田順一郎氏らによって幻想文学の紹介者として評価されている。

 平井呈一をモデルにした岡松和夫の小説『断弦』(文藝春秋、93年)には「貞一」(呈一)が「荷葉」(荷風)に会った時、「薔薇と陶酔の日々の束の間にして」と呟くと、「荷葉」がすかさず「ダウスンですね」と指摘するくだりがある。

 荷風もダウスンを読んでいたことがうかがえる。

 マーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』を訳した荒このみさんによるとこの題名はダウスンの詩から取られているという。

 ちなみに「風と共に去りぬ」の主語は、ヴィヴィアン・リー主演の映画によればCivilization、文明。

[レビュアー]川本三郎(評論家)
1944年、東京生まれ。文学、映画、東京、旅を中心とした評論やエッセイなど幅広い執筆活動で知られる。著書に『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞・桑原武夫学芸賞)、『白秋望景』(伊藤整文学賞)、『小説を、映画を、鉄道が走る』(交通図書賞)、『マイ・バック・ページ』『いまも、君を想う』『今ひとたびの戦後日本映画』など多数。訳書にカポーティ『夜の樹』『叶えられた祈り』などがある。最新作は『物語の向こうに時代が見える』。

新潮社 週刊新潮 2019年5月16日号 掲載

新潮社

最終更新:5/21(火) 11:00
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