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全米プロ連覇で完全優勝のケプカ。人生が詰まった「心の逆転優勝」。

5/21(火) 10:31配信

Number Web

 全米プロ連覇を果たし、メジャー4勝目を挙げたブルックス・ケプカの勝ち方を、どう見るか――。

 初日にべスページ・ブラックのコースレコード「63」をマークして単独首位に立ち、4日間、首位の座を守り通した彼の戦い方は、見事だったと言っていい。

 さらに2日目は、5つスコアを伸ばし、2位との差を7打差へ広げた。

 だが、ケプカ自身は不満を露わにして練習場へ直行するほど、ショットは乱れ始めていた。

 3日目は彼のゴルフの要だったはずのパットが乱れ始め、スコアを伸ばすことはできなかった。

 それでも2位に7打差の単独首位で迎えた最終日。スタートホールでいきなり第1打を左ラフに入れてボギー発進。4番と10番でバーディーを奪ったものの、11番からは4連続ボギーを喫し、追撃をかけていたダスティン・ジョンソンとの差は、ついには1打まで縮まった。

 それほど苦戦を強いられたケプカが、それでも最終的に勝利できたのは、なぜだったのか。

“ジョンソンのおかげ”ではない。

 じりじりとケプカに詰め寄ったジョンソンが、16番と17番で連続ボギーを叩き、自滅する格好で後退していったことが、ケプカの終盤の戦いを楽にしたことは間違いない。

 だが、だからと言ってジョンソンのおかげでケプカが勝ったわけでは、もちろんない。もっと言えば、最終日のジョンソンが掴みかけたチャンスを自ら逃した一方で、ケプカは逃しかけた勝利を絶対に逃すものかとしがみつき、ピンチを切り抜けて優勝に輝いた。

 スコアの上では、4日間、首位を守り通した完全優勝。だが、その内容を吟味すれば、ケプカの最終日のゴルフは、ある意味、悪くなった流れを心の強さで反転させて勝利した、いわば「心の逆転優勝」だったと私は思う。

欧州の下部ツアーで鍛錬したケプカ。

 悪い流れや状況を自力で好転させていく。ピンチをチャンスへ変えていく。そういう試み、そういう努力を、ケプカは昔から行なってきた。

 その始まりは、まだフロリダ州立大学の学生だった2012年。アマチュアにして全米オープンに出場し、無残に予選落ちしたケプカは、その直後にプロ転向を決意した。プロになったところで戦える場所はなかったが、自分自身を鍛えるために単身で欧州へ渡り、下部ツアーに挑む鍛錬の旅を開始した。

 プロ初優勝はツアー8戦目。大きな自信を得たものの、以後は「いい日も悪い日もあった」。

 欧州ツアーの開催地は、欧州各国のみならず南アや東南アジアなど世界各国に広がっている。試合のたびにコースのレイアウトも難度も芝も天候も目まぐるしく変わり、時差もあれば、飛び交う言語もフードも文化も習慣も、何もかもが異なる。

 そんな日々を過ごしながら、ケプカはどんな状況にも適応できる力を身に付けていった。

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最終更新:5/21(火) 10:31
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