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村上春樹英語圏デビューから30年:翻訳で読む日本文学の可能性

5/22(水) 15:05配信

nippon.com

河野 至恩

日本文学のイメージを一新した村上春樹の登場以降、多彩な作家、ジャンルの作品が英語をはじめ各国語に翻訳されている。今後、「日本文学」という枠を超えた世界で読まれる文学として、翻訳の在り方を問われる時期に来ている。

「日本文学」のイメージを塗り替えた村上春樹

1990年9月10日号の 米誌ニューヨーカー(The New Yorker)に、村上春樹の短編 『TVピープル』の英訳が掲載された。日本語で書く作家の作品が米国の文芸誌に掲載されるというこの出来事は、村上春樹という作家一人のキャリアにとどまらず、日本近現代文学を翻訳(とりわけ英訳)で読むことの歴史においても画期的であった。以来、村上作品は世界50カ国以上で翻訳され、フランツ・カフカ賞、エルサレム賞など世界各地の文学賞を受賞する一方、世界中で(日本文学としては異例の)ベストセラーとなるなど、批評的な評価と商業的な成功の両方を手にしており、日本文学の作家としては希有(けう)な存在感を獲得している。

村上春樹の登場は、翻訳における「日本文学」のイメージを大きく変えることとなった。日本文学研究者のエドワード・ファウラーによれば、英語圏における「日本近代小説翻訳の黄金時代」は、55年に米文芸出版社のクノップ社が、大佛次郎『帰郷』、谷崎潤一郎『蓼食う虫』の2作品の英訳を出版したことに始まる。以後、谷崎潤一郎・三島由紀夫・川端康成の「ビッグ・スリー」を中心に、第2次世界大戦後の米国における日本文化の再発見の流れの中で、エキゾチックで耽美(たんび)的な日本近代文学のイメージが定着することとなる(※1)。これに対して、米文学の影響を強く受け、現代日本社会を舞台としつつ現実世界とファンタジーの世界の交錯を描いた村上作品は、英語圏における日本近代文学のイメージを大きく塗り替えることとなった。

村上の英語圏でのデビューに関しては、当初は日本の出版社と協力する形で進めていたが、エージェントを自ら選び、米国の編集者と緊密に協力しながら、作品を英語圏の(特に北米の)読者に向けて“ファインチューニング”(微調整)したことが明らかになっている(※2)。また、例えば『アフターダーク』などの作品では、作品が翻訳されることをあらかじめ想定して、日本語の読者には周知の事象も丁寧に語る「プリ・トランスレーション」という叙述の方法を使っているとも指摘されている(※3)。このように、村上春樹は翻訳で読まれることを前提として作品を書く「翻訳文学の時代」の新たな作家像を示しているといえる。

(※1) Edward Fowler, “Rendering Words, Traversing Cultures: On the Art and Politics of Translating ModernJapanese Fiction” The Journal of Japanese Studies 18, No. 1 (Winter, 1992), pp. 1-44  なお、クノップ社は、1919年に二葉亭四迷『其面影』の英訳 An Adopted Husbandを出版していた。この翻訳は、多くの新聞で書評されるなど広く流通していた。

(※2) この過程については村上自らがエッセー「アメリカで『象の消滅』が出版された頃」(『象の消滅―短篇選集1980-1991―』新潮社、2005年)などで語っている。その全体像を関係者のインタビューなどを通して追った著作として、辛島デイヴィッド『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』(みすず書房、2018年)がある。

(※3) 日地谷=キルシュネライト・イルメラ「「世界文学」に応ずる日本文学―プリ・トランスレーションなどの戦術について」(佐藤=ロズベアグ・ナナ編『トランスレーション・スタディーズ』みすず書房、2011年)。

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最終更新:5/22(水) 15:05
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