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【平成広島年代記】低迷期を乗り越え築き上げた黄金時代

5/23(木) 11:01配信

週刊ベースボールONLINE

1980年から続く黄金期の流れから91年に優勝。その後も優勝争いには加わるが、FAでの主力選手移籍などもあって徐々に低迷期に入っていく。しかし、ぶれずに育成に徹したチーム方針が見事開花。2016年から3連覇を飾り、新たなる黄金時代を築いている。

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1991年に優勝も、以後FAにも苦しめられVが遠ざかる

 1989年、ミスター赤ヘル・山本浩二監督初年度は、素晴らしいスタートダッシュを見せたが、2位に。正田耕三は、3年連続首位打者はならなかったものの、34盗塁で盗塁王になり、津田恒実が40セーブポイントで最優秀救援投手に輝いた。翌90年も2位だが、連覇の巨人には22ゲーム差。新人・佐々岡真司が13勝17セーブでリーグ特別賞、2年目の野村謙二郎が盗塁王と躍動した。

 続く91年は5月5日からの9連勝で首位に駆け上がった。その後、混戦にのみ込まれたが、9月10日から1位・中日との直接対決に3連勝して首位を奪還し、最後は地元・広島市民球場の阪神戦で5年ぶり優勝。史上初めてグラウンドでの祝勝会でファンと喜びを分かち合った。

 優勝の原動力は投手陣だ。2年目の佐々岡が先発に回り、17勝でMVP。北別府学が11勝、川口和久が12勝。火消しとなった大野豊が32セーブポイント。大野とダブルストッパー構想があった津田は春先に病気で離脱。公表はされなかったが、悪性の脳腫瘍だった。93年7月20日、32歳で死去した。日本シリーズでは3勝4敗で西武に敗れている。

 92年は4位だったが、最後まで優勝争いに加わった。北別府が200勝を達成している。93年は開幕から球団新記録の6連勝はあったが、8~9月には12連敗もあって最下位。山本監督は退任した。江藤智が34本塁打でホームラン王、前田智徳も打率.317、70打点。若き2人の活躍がファンにとっては救いだった。

 三村敏之監督となった94年は、一時、首位・巨人に15.5ゲーム差をつけられたが、そこから猛追。5月に右手親指を骨折した江藤が復帰後の8月に月間16本塁打の日本記録を作った。最終的には3位。95年は5月下旬に前田智の右アキレス腱断裂はあったが、江藤が本塁打、打点の2冠、野村がトリプルスリー、緒方孝市が盗塁王。山内泰幸が14勝で新人王、背番号106のチェコが15勝と手ごたえの多いシーズンだった(2位)。

 96年は4月こそ出遅れたが、その後、ハイペースで貯金を積み上げ、7月6日の段階で2位・中日に8ゲーム差をつけ、独走態勢に。しかし、後半戦は投手陣の息切れと巨人の猛スパートもあって3位となっている。97年もビッグレッドマシンとも言われた自慢の打線は健在だったが、投手陣が夏場から息切れ。それでも42歳の大野豊が史上最年長で最優秀防御率、澤崎俊和が新人王に輝いた。翌98年は新人・小林幹英の4月月間MVPに活躍もあって首位に立ったが5月から失速し、最後は全球団負け越しの5位に終わった。

 99年には達川晃豊(光男)監督が就任。佐々岡が15勝を挙げた以外はパッとせず、5位に。打線では緒方が打率.305に自己最多の36本塁打をマークして気を吐いた。

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最終更新:5/23(木) 11:11
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