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埼玉西武で要職を兼任する元広島の左腕・広池浩司/ライオンズ「チームスタッフ物語」Vol.01

5/23(木) 11:03配信

週刊ベースボールONLINE

首脳陣を含めて91人――。埼玉西武ライオンズで支配下、育成選手72人より多いのがチームスタッフだ。グラウンドで躍動する選手たちだけではなく、陰で働く存在の力がなければペナントを勝ち抜くことはできない。プライドを持って職務を全うするチームスタッフ。獅子を支える各部門のプロフェッショナルを順次、紹介していこう。

立大から全日空へ就職

「私は話しかけやすいのか、歩いていると、多くの方々が声をかけてくださるんですよね」

 広池浩司、45歳。広島で活躍した元左腕だ。1973年生まれだから同級生にはイチロー(元マリナーズほか)がいる。現在は西武で、肩書は「球団本部本部長補佐兼チーム戦略ディレクター兼メディカル・コンディショニングディレクター」。要職を兼任しているのは、それだけ能力が認められている証拠であり、だからこそ、ささいなことでもチームスタッフが広池に相談を持ちかけるのだろう。

「信頼をしていただいている分、何事にも全力で取り組みたい。問題があることは労力を使ってでも解決したいですよね」

 柔らかな笑みをたたえながら、理路整然と言葉を並べる。聡明さがにじみ出ている雰囲気。その人柄に触れると、確かに頼りにしたくなる気持ちが分かる。

 広池の名前を聞いて、ドラフト時に話題になったことを思い出す野球ファンも多いだろう。1998年秋。クジ引きの末、西武が1位で“平成の怪物”松坂大輔(現中日)の交渉権を獲得したときのドラフトだ。

 プロ志望だった広池だが、立大卒業後、全日空に就職していた。

「私が働いているチェックインカウンターまで、東京六大学の同期、高木大成(当時西武)や中村豊(当時日本ハム)、カツノリ(野村克則。当時ヤクルト)らが遠征に行くときわざわざ会いにきてくれたんですよね。『カッコいいね』と言ってくれましたけど、私からしたらプロで戦う彼らの姿がうらやましい。そういったことが少しずつきっかけとなって……」

 決定的だったのは川村丈夫(当時日本石油)が96年アトランタ五輪で投げる姿をテレビで見たことだ。夜11時くらいに、誰もいない羽田空港のカウンター。大学の先輩が世界を相手に躍動する姿を目にし、野球への思いが湧き上がってきた。

「野球への未練を断ち切れないまま全日空で働くのも失礼だと思いましたからね」

 安定した職を捨て、97年秋に広島のテストを受験。しかし、合格はしたが枠の関係で同年秋のドラフトでは指名されず、自費でドミニカ共和国へ。1シーズン、カープアカデミーで武者修行に励み、翌98年のドラフトで広島から8位指名。25歳のオールドルーキーが誕生した。

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最終更新:5/23(木) 11:16
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