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世界最古のポルシェ「タイプ 64」、落札価格は22億円超にのぼる可能性

5/23(木) 21:12配信

エスクァイア

フェルディナント・ポルシェ博士とともに、その息子であり愛称「フェリー・ポルシェ」 としても知られるフェルディナント・アントン・エルンスト・ポルシェ氏によって開発された試作車「タイプ64 」をご存知でしょうか? 流麗なるボディは、いま見てもうっとりしてしまうほどの色気を放っています。そんな伝説のクルマがこのたび、市場に出ることに…。それは皆さんの期待どおり、世界で1台しかないお宝カーでもあります。

【写真詳細】時代に翻弄されながらも、いまなお世界中の人を魅了してやまない幻の1台、ポルシェ「タイプ 64」ギャラリー集

 来たるべき希少車のオークションにおいて、幻の1台が出品されることになりそうです。オークションハウス大手『RMサザビーズ』によると、「ポルシェのエンジニアリングおよびデザインの歴史を語るうえで、最も価値のある1台」とのことです。

 おそらく、現存する世界最古のポルシェということですから、異論を唱える隙はなさそうです。それはポルシェが自動車メーカーとなるよりも約10年前に生み出されたものであり、ポルシェの名前が車体に記された最も古いモデル…まさに歴史語りべとも言える1台なわけです。

 それは、国威発揚のために計画されたベルリン~ローマ間の1500キロにおよびラリー・レースに向けて、その開催となる1939年9月までに完成させようと、フェルディナンド・ポルシェ博士とその息子フェリー・ポルシェ氏らが開発した試作車ポルシェ「タイプ64」になります。

 このクルマのベースとなったのは、当時ドイツの覇権を握っていた独裁者アドルフ・ヒトラーから歓喜力行団を通じて依頼された、国民車(ドイツ語で「フォルクスワーゲン」)…別名「KdF-Wagen」(歓喜力行車)をもとに設計したものだったのです(そして、これがのちの「ビートル(かぶと虫)」の愛称で世界的に親しまれる名車、フォルクスワーゲン「タイプ1」になります)。

 空力性能を高め、さらにアルミニウムで軽量化を図ったボディを有しながら、高性能の空冷水平対向4気筒エンジンも搭載していたのです。しかし残念ながら、そのレースは実現しませんでした。1939年9月にはナチスドイツがポーランドを侵略し、「タイプ 64」の目指したプロジェクトも、そのまま停止を余儀なくされてしまったのです。そうして1台が製造されていたのですが、その1台はレースを走ることなくドイツ政府の所有となったわけなのです。

 しかしその後、フェルディナンドの息子フェリー・ポルシェ氏によって、さらに2台の「タイプ 64」が製造されました。シャーシ #2(chassis=骨格、乗用車の構造の一部)は1939年12月に完成。シャーシ#3は、翌1940年6月に完成しています。

 その「タイプ 64」に用いられているフレームは、当時のフォルクスワーゲン社長がクラッシュさせたと言われている1台目のものが流用されているとのこと。2台目の「タイプ 64」であるシャーシ #2は、第二次大戦において破壊されてしまったそうです。が、(1940年6月に完成した)シャーシ#3は大戦による破壊を免れ、祖国オーストリアに戻っていたポルシェ一族のもとで保管されていたのでした…。

 フェリー・ポルシェ氏は、この「タイプ 64」にポルシェの名を冠し、1946年に自動車メーカーとして出発しました。その翌年1947年には、後にピニンファリーナを創業することになるバッティスタ・“ピニン”・ファリーナ氏の手によりレストアが施されました。その1台、今回オークションにかけられる1台なのです。

 翌1948年にポルシェ社は、同社初となる「356」を発表。オーストリアでのお披露目の際に「356」と一緒に並べられたのが、この3台目の「タイプ 64」だったのです。

 1949年にはオーストリア人のレーシングドライバーであるオットー・マテ氏の手に渡り、50年代前半にはレースにも登場しています。マテ氏は生涯、このクルマを手放すことなく所有し続けました。が、1995年に彼が亡くなると、ポルシェ史研究家であるトーマス・グル―バー博士が新たな所有者となりました。

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最終更新:5/23(木) 21:12
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