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「在宅介護は愚かな選択。施設介護が正解」そんな断定意見への違和感

5/23(木) 22:00配信

BEST TIMES

■誤解された医師の発言

〈連載「母への詫び状」第四十二回〉

 前回の内容について、誤解を招いた箇所があるようだ。

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 身体の自由が利かない母を自宅で介護することになったぼくに対して、「君がいれば大丈夫ですよ」と言った医師の発言が、批判の対象になっている。

 読者の中には、この連載をずっと読んでくれている人もいれば、たまたま前回の記事だけを目にした人もいるだろう。毎回、状況を説明するわけにはいかないから、言葉足らずになってしまう場合がある。

 担当医の「君がいれば大丈夫」を、ていねいに説明すれば、以下のようになる。
「お父さんの介護も経験し、今は24時間、お母さんのそばについていてあげられる君がいれば、大丈夫ですよ。君は介護サービスの使い方もわかるだろうから、それらを利用して、ぼくら病院の医師や看護師も協力するから、がんばって」
 医者が、患者を家族に放り投げたわけではないし、無責任な発言をしたわけでもない。ここは補足しておきたい。

■「母を息子ひとりで自宅介護」への非難

 父の葬儀やら、遺産相続の手続きやら、煩雑な作業を終えると、母の介護に専念する日々が始まった。

 母はがんのステージ4の診断を受けており、抗がん剤の服用や、月に数回の病院通いをしながらの在宅介護生活だった。

 しかし「母を息子ひとりで自宅介護しました」と言うと、なぜか非難に近い反応をする人も時々いる。

「素人が介護なんてするもんじゃない。いつか共倒れになる自殺行為だ」
「なぜ介護保険や福祉サービスを利用しないんですか。調べればたくさんあるのに」
「仕事はどうしたんですか。辞めたんですか」

 ひとりで在宅介護したと言っても、もちろん福祉サービスは多数利用させてもらった。週に2回のデイサービス、週に1回の訪問看護は、本当にありがたかった。介護用具も、ベッド、車いす、手すりなど、みな介護保険によるレンタルだ。

 母を介護するにあたり、最初にやったのは自宅の簡単なリフォームだった。

 家では車いすの生活が中心になるから、床の段差をなくし、病院やデイサービスへ出かけるときのために玄関も手を入れた。レンタルの車いすも、小回りの利く機種がいいか、自力でこげることを見越した機種がいいかなど、全部、ケアマネージャーが相談に乗ってくれた。

「ひとりで介護」とは、誰にも頼らなかったという意味ではない。「在宅介護」という言葉も、家族がすべて背負い込むようなイメージがあるのかも知れないが、それは違う。医師や看護師、介護士、いろんな人の協力を仰ぎながらの在宅介護だ。

 心配だったトイレは、介護ベッドの脇にポータブルトイレを置いた。さすがにトイレはレンタルなしのため、これは購入する必要がある。消臭機能付きや、便座を温める機能など、こちらもいろんなタイプがある。

 素人は介護なんて手を出さず、専門の施設に任せるべきだという意見に対して、大きな声で反論するつもりはない。それぞれの家庭で状況はみな違うのだから、それぞれの家庭が決めればいい。

 ぼくも、認知症で徘徊癖のあった父はとても面倒見きれないと判断したから介護施設にお願いした。母は認知症もなく、ぼくが24時間そばにいてあげられる状況だったから、在宅介護を選んだ。自分が立派なことをしたとも思ってもいないし、バカげた選択をしたとも思っていない。

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最終更新:5/23(木) 22:18
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