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「80歳にしてやっと“元NHK女子アナ”の肩書きが外れた」下重暁子さん

5/23(木) 14:30配信

webマガジン mi-mollet

 2015年に出版された著書『家族という病』がベストセラーとなった作家の下重暁子さん。何かと美化されがちな家族というものに対し、「家族ほどしんどいものはない」と提起し、私たちに「家族とは何か?」を考えさせてくれた1冊です。その下重さんがこのたび“夫婦”に焦点を当てた新著『夫婦という他人』を刊行。そこで下重さんの結婚観が確立された経緯を伺うとともに、中高年が抱える夫婦の悩みも相談させていただきました。

下重暁子1936年生まれ。早稲田大学を卒業後、アナウンサーとしてNHKに入局。1968年にフリーとなり、民放キャスターを経た後、文筆活動に入る。『家族という病』(幻冬舎新書)、『鋼の女―最後の瞽女・小林ハル』(集英社文庫)など著書多数。最新著書『夫婦という他人』(講談社+α新書)、『極上の孤独』(幻冬舎新書)が話題となっている。

 

10歳で「自分のことは自分で食べさせる」と決意

 作家の下重暁子さんが「自分のことは自分で食べさせていこう」と考え始めたのはわずか10歳のとき。きっかけは、1945年に敗戦を迎えたことだったそうです。

 「それまで『お国のために』と言われて、言う通りにしてきた結果があれでしたから、大人とは何ていい加減なのだろうと思い知りましてね。私は父も軍人でしたから、とくに『夫に頼らない』という意識を強く持ったのでしょうね。『自分のことは自分で食べさせよう、自分一人の食い扶持なら何とかなる』と心に決めたんです。そこで自分には何が向いているか、少しずつ考えるようになりました。もともと結核を患っていて一人で過ごす時間が多かったこともあって、自分に問いかけることが上手でしてね。それで私は自己表現することが好きでしたから、次第に物書きになりたいと思うようになっていったんです」

 しかし当時は、活字の仕事は男性のもの。新聞や出版を希望したものの女性の採用はまったくありませんでした。そこで下重さんは、女性にも開かれている仕事の中でもっとも活字に近かったアナウンサーの採用試験を受け、NHKに入局したのでした。

「アナウンサーはあくまで原稿を読むことが主で、スクリプト(原稿や台本のこと)を書く専門の人はいたんです。でも私は『物書きになる』という目標に近づくため、できるだけ自分で書かせてもらっていました。すると、次第に私の書いたものが面白いと話題になり、とうとうそれらをまとめて本にしましょう、という話になったんです。それが30代の初めでした」
 

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最終更新:5/23(木) 16:42
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