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「おことば」を修正させた安倍政権<伊藤智永氏>

5/23(木) 8:31配信

HARBOR BUSINESS Online

「朝日の書いた通りには絶対にさせない」

―― 改元日程も安倍総理が独断で決めました。

伊藤:改元(退位・即位)の日程案は、2017年1月6日に初めて安倍首相、菅官房長官、杉田和博官房副長官の間で議論され、

①2018年12月23日(天皇誕生日)
②2019年1月1日(新年)
③2019年4月1日(年度替わり)

の三案が用意されていました。

 宮内庁は「年度替わり案」を希望していましたが、安倍首相は「分かりやすい」という理由で「新年案」を推し、菅氏も賛成したことで会議はまとまりました。「元日の祭祀は簡略化すれば、即位だけ元日にすることもできる」という考えだったようです。

 しかし、新年は元日の四方拝をはじめ、宮中祭祀や皇室行事が多くあります。そのため、西村宮内庁次長は1月17日の定例記者会見で、元日の即位・改元は困難であるという認識を示しました。

 安倍総理は「天皇は祈っていればいい」という考えなのかも知れませんが、それでいて天皇の祈りについて実はほとんど知らないか、相当便宜的、事務的に考えていた。これは矛盾以外の何物でもありません。特に2019年1月7日は昭和天皇の30年式年祭にあたり、上皇陛下は自ら天皇として祭主を務めることに強くこだわっていました。そのことも知らず、知っていたとしても考慮には及ばないと軽んじていたことになります。

―― 実際に即位・改元が行われた5月1日案はどこから出てきたのですか。

伊藤:その後も官邸は「新年案」、宮内庁は「年度替わり案」で平行線を辿りましたが、安倍首相も「年度替わり案」の容認に傾いていきました。

 ところが、朝日新聞(2017年10月20日)が一面トップで「退位2019年3月末、即位・新元号4月1日」と報じると、各社も一斉にその後を追い、宮内庁の方針が既成事実化されていきました。これに怒った安倍首相は「朝日の書いた通りには絶対させない。あれは誤報にしないとね」と周囲に語り、朝日のスクープを潰しにかかりました。12月1日、安倍首相は皇室会議で一方的に「5月1日案としたい」と通告し、それが結論になりました。こうして改元は何の根拠もない5月1日に決まったのです。

―― 新元号の「令和」は、安倍首相の指示で3月に追加で提案されたものであり、最終的には安倍首相が全閣僚会議で「新元号は令和としたい」と発言して了承されたと報道されています。

伊藤:これでは「首相の元号」です。安倍首相はわざわざ記者会見を開き、働き方改革など自分の政策と結びつけて新元号を説明しました。改元手続きにあれほどこだわった日本会議が、元号を政権浮揚に使った首相のやり方をなぜ黙認するのか理解に苦しみます。

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最終更新:5/23(木) 8:31
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