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マツダがフォードから得たもの、学んだこと

5/24(金) 17:00配信

日経ビジネス

 1990年代にどん底に堕ちたマツダの復活、その背景を金井誠太・元会長に根掘り葉掘り聞き出した『マツダ 心を燃やす逆転の経営』、おかげさまで重版が掛かり、幸いこの連載ともどもご好評いただけているようで、心底ほっとしております。ありがとうございます。

【関連画像】木谷昭博執行役員・MDI&IT本部長

 さて、反骨心、独立心旺盛なマツダの人々、特に技術陣にとって、米フォード・モーター(以下フォード)に株式の33.4%を握られた1996年の5月からの日々はどのようなものだったのか。その記憶は、現役の方から退社された方まで、書籍やネット上に様々な形で残されています。『マツダ…』でも、金井元会長にしつこく「当時どうでしたか」と伺いました。

 もちろん麗しい記憶ばかりのはずはありません。しかし、ならばフォードが経営の支配権を持っていた時代は、マツダにとって暗黒時代だったのか、といえば、それも違うようです。例えば金井さんは、フォードから来たある役員が、主査を務めた初代アテンザの開発に立ちふさがった様々な障害を共に乗り越え、最後まで背中を守ってくれた思い出を、宝物のように語ってくれました。「情熱はあるけれどソロバン勘定がいい加減だったマツダに、数字と論理を持ち込んだ」ことは、多くのマツダ関係者が認めるところです。

 そして連載第1回でも触れたように、マツダのモデルベース開発「MDI(マツダデジタルイノベーション)」は、フォードの承認と後押しによって本格的に始まったという経緯もあります。マツダ復活の最大の武器、MDIにとって、フォードの存在はどのようなものだったのか、今回はそのお話を、「ミスターMDI」木谷昭博執行役員・MDI&IT本部長にお聞きします。

――MDIは、計画自体は94年から(「マツダ、どん底でもモデルベース開発に邁進したワケ」参照)とうかがっていますが、MDIが正式にスタートした時点(1996年8月)は、マツダはフォードの傘下にありました。

木谷:そうですね。

――クルマの企画・開発・試験から製造まで、3Dデータを用いてコンピューターの中でやってしまおう、という、自動車各社が目指している「モデルベース開発(MBD)」、マツダのMDIはその先駆けだったわけですけれど、当時、フォードも同じことを目指していたかと思います。MDIを進めていく上で、フォードの存在はありがたかったのか、それとも……。

木谷:フォードと一緒にやってきたころは、まさにこの分野の技術開発や、改良したソフトウエアを、かなり手に入れてきているんです。

――おっ、そうだったんですか。

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最終更新:5/24(金) 17:00
日経ビジネス

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