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アメリカにおけるゴジラ大進撃の歩み、モンスター・バースの展望

5/25(土) 15:10配信

otocoto

アメリカに上陸して世界中のファンを魅了したゴジラの大進撃

『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』(以下、『キング・オブ・モンスターズ』)はレジェンダリー・ピクチャーズ製作のゴジラ映画第2弾だが、ゴジラとアメリカの関係はもっと以前から始まっている。1954年の第1作『ゴジラ』は、追加撮影が行われ、海外向けに再編集して公開された。ヒッチコックの『裏窓』にも出演したレイモンド・バー演じる新聞記者が日本で遭遇したゴジラについて回想するという内容で、1956年に世界50ヵ国で公開。1957年には『怪獣王ゴジラ』のタイトルで日本でも凱旋公開されている。

『ゴジラ』だけでなく、以降のゴジラ映画も海外で公開されて、人気と知名度を獲得。このことが後のハリウッド版製作につながっていく。海外におけるゴジラ映画としては、幻の企画も存在する。日本でもゴジラ映画が製作されていなかった1980年頃、アメリカから東宝に合作の提案がなされた。『フランケンシュタイン対地底怪獣』などに関わったプロデューサーのヘンリー・G・サパースタインからのもので、仮タイトルは『ゴジラ対デビル』。サパースタインは特撮も含めてアメリカで作りたいと考えたが、「特撮だけでも日本で行いたい」と考えた東宝に受け入れられず、ストーリー作りは進んだものの、このアメリカ産ゴジラは実現しなかった。詳細は判明していないものの、『ゴジラ対デビル』とは別の日米合作企画もあったようだが、いずれにせよ実現していない。

ついにハリウッド版ゴジラ映画が公開されたのは1998年のことである。『ターミネーター2』などのトライスター・ピクチャーズが手がけるこのゴジラ映画は、当初、『スピード』のヤン・デ・ボンが監督する予定だった。東宝撮影所を訪問したこともある、ゴジラファンのヤン・デ・ボンだったが、着ぐるみやミニチュア撮影にこだわったことで、製作費のオーバーを恐れるスタジオと対立。結局、ヤン・デ・ボンは降板した。彼に代わって『インデペンデンス・デイ』などSF大作に定評のあるローランド・エメリッヒが監督して、無事作品は公開されたが、登場するゴジラ像が従来のゴジラから大きくかけ離れていたので、ゴジラファンからの評判はよくなかった。

そのため、エメリッヒの『GODZILLA』は本家ゴジラ映画の中でもイジられてしまう。『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』の中では、「ゴジラに酷似した巨大生物がアメリカを襲った」「アメリカじゃゴジラと名付けたが日本の学者は認めてない」というセリフが登場。『ゴジラ FINAL WARS』では、エメリッヒのゴジラを彷彿とさせる外見の怪獣ジラがゴジラに瞬殺されて、ジラを呼び出した当のX星人から「やっぱりマグロ食ってるようなのはダメだな」(エメリッヒ版ゴジラはマグロを食べる)と吐き捨てるように言われている。

だが、ゴジラ映画を多数手がけた故・川北紘一特技監督がインタビューで『GODZILLA』について聞かれて、「まあ……ゴジラじゃなければ良いんじゃない(笑)」と答えたように、映画としての出来は決して悪くない。むしろ、最初の『ゴジラ』に影響を与えた『原子怪獣現わる』(53年)の系譜に連なる作品であり、欧米の正当なモンスター映画と評価する声もある。

「ゴジラじゃない」と酷評された『GODZILLA』だが、実はアメリカで製作されたアニメ版にはゴジラ的要素が入っている。アメリカで1998~2000年に放送されたTVアニメ『ゴジラ ザ・シリーズ』では、『GODZILLA』の続編のストーリーが展開。主人公の科学者ニック・タトプロスなど、登場人物も共通している。だが、卵からかえったゴジラがニックになつき、人類の脅威となる怪獣たちと戦う点が大きく異なっている。ゴジラが人類の味方として敵怪獣と戦うところなど、ゴジラがヒーローとして描かれた昭和の一時期に通ずるものがある。

ファンから不評だったためか、予定されていたトライスター・ピクチャーズ版『GODZILLA』の続編は頓挫。ハリウッド産ゴジラは、2014年のレジェンダリー・ピクチャーズ版『GODZILLA ゴジラ』によってようやく再び我々の前に姿を現すのだった。

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最終更新:5/25(土) 15:10
otocoto

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