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“誰かの代わり”から“出れば必ず帰ってくる男”へ 広島・野間峻祥の1番打者適性を考える

5/25(土) 11:00配信

文春オンライン

 今年の5月1日から変わったものがある。元号の話ではない。野間峻祥の打順の話だ。

 今シーズンの開幕3戦目から、野間は「3番・センター」でスタメン出場していた。それはまさに巨人にFA移籍した丸佳浩のポジションそのものであり、多くの人が「丸の代わり」と捉えたのではないだろうか。

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入団してからずっと「誰かの代わり」だった

 思えばカープに入団してから、野間は事あるごとに「誰かの代わり」を務めていた。そもそも入団の経緯からして有原航平(現・日本ハム)の外れ1位だった。とは言え、岐阜学生野球リーグで通算打率.416という数字を残し、緒方監督が一目ぼれした「走攻守揃った大型外野手」ということで、入団時の野間への期待は高かったように思う。

 緒方政権1年目の2015年、恐らく首脳陣の頭には「1番・野間」という構想があった筈だ。というのも当時のカープは1番打者が固定されていなかったからである。前年に1番を多く務めた堂林翔太か、或いはシーズン終盤から1番に起用された鈴木誠也か、四球を選べる丸か……。その位置に「打って走れる」野間は適役だと思われた。野間自身も入団の際に「自分としては、一番を打ってチームに勢いをつける役目が好きですね。プロに入っても将来的には一番という打順を狙っていきたいですね」(『広島アスリートマガジン』2014年12月号)と語っている。

 望み通り、この年の開幕3戦目から「1番・ライト」でスタメンに名を連ねた野間。しかしチームの連敗もあり、1番の座からは一週間ほどで降りることとなった。この時の野間は「足を生かした長打は打てるが、四球が選べず出塁率が低い」という印象で、この出塁率の低さが1番打者として致命的と考えられたのではないだろうか。そして次第に打率も下がり始め、野間の出場は守備固めや代走が主となっていった。

 翌16年、カープは開幕戦から「1番・田中広輔、2番・菊池涼介、3番・丸佳浩」いわゆる「タナ・キク・マル」のオーダーを組み、これを一年通して固定したことにより優勝を掴み取った。その一方で野間は21試合の出場に留まり、「1番・野間」論を聞くことも少なくなった。

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最終更新:5/25(土) 13:00
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