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日本政府の無思想な接待に、トランプ大統領がさらに強気になる可能性

5/25(土) 14:30配信

webマガジン mi-mollet

数年前にベルリン国際映画祭に行った時に、現地で合流した映画関係者と一緒に地元で評判のスイーツ屋さんに行ったのですが、まあ当然のことながら満席で、ようやく席に座ったものの、いつまでまっても注文を取りに来やしない。

「いつまでも」とかるーく言ってみましたが、この「いつまでも」が日本における「いつまでも」とはレベルが違うというか、例えば日本で5分注文を取りに来なかったら、「すみませーん」「あ、はい、ただいま!」っていうやりとりがあって、そこから1~2分たってから店員さんが「お待たせしました」なーんて言いながらやってきて、ああやっと注文!という展開でしょうが、ベルリンではそうはなりません。10分超えても来やしない上に、女性店員は別にてきぱき急いでいて“てんてこまい”なんて感じもないまま優雅にやっており、こっちが妙にそわそわと視線を投げても、ちょっと小さく手を上げてみてもガン無視、なんでなんで?と思って15分、しびれを切らして大きめに手を上げ、エクスキューズミーなんて声を掛けたら、そのイヤに身体のデカい女性店員、そもそもが迫力のある彫りの深い鼻の高い鋭角的な顔に青筋ピキっ!みたいな表情を浮かべながらツカツカ近づいてきて「犬じゃないんだから大声で呼ばないで!」と一喝して肝心の注文は取らずに去ってゆき、「お客様は神様」で育った日本人3人組は唖然となりました。ちなみにそこから10分以上は、注文を取りに来なかったしな。

たまたまネットで何かの調べものをしていたら「ドイツの接客最悪」という話があり、やや溜飲を下げたのですが、とはいえ日本の接客、あらゆる国の外国人観光客を「座っただけで冷たい(温かい)おしぼり出るとかグレイト!」と感動させる、いわゆる「日本のおもてなし」も、最近はちょっと問題だなあと思わなくもありません。

「お客様は神様」=「日本のおもてなし」なのか

ついこのあいだ気になったのは、浅草神社の御朱印騒動。この4月に出た「令和」「昭和」の両元号の入った数量限定の御朱印を手に入れられなかった人たちが、「こっちは客だ」と神職や巫女に罵声を浴びせ、毎年5月の三社祭で恒例だった限定御朱印の配布をやめたというニュースです。

そもそも御朱印をもらう人が「お客様」かどうかは別として、ある部分で「自分たちは客」と思えば、「金払ってるんだから丁重に扱われるのが当然」「客は神様」だから何やっても許されると思ってる人が結構いるってことなんでしょう。この件に限っていえば、「神はあなたじゃなくて、御朱印くれる側だから」と突っ込みたくなる気持ちを抑え、たった500円ぽっちの金払ったくらいで「自分は神様」と思っちゃう裏側には、「日本のおもてなし」に慣れきってしまっているからかもしれません。金を媒介とする力関係が絶対的になりすぎた社会、その中で甘やかされすぎて、パワハラ的精神構造になっちゃってるってことでしょう。

さて相当回りくどいことになっていますが、私がこんなことを言い出しているのは、来日するトランプ大統領への「おもてなし」が、ものすごく「神様」的になっているからです。青木功とゴルフだ(現地までヘリ送迎)、升席で相撲の千秋楽観戦だ(警備のために1000人分の升席買い占め)、優勝者にカップ渡す儀式だ(土俵に上がるとき靴脱がすのか問題)、六本木で炉端焼きだ(小泉時代を引き継ぎ、まさかの「権八」?)……って、これ政治交渉の機会じゃなくて、ものすごーく古い時代、バブル時代のバリバリ接待旅行にしか見えないんですが。そしてこんなに持ち上げて、「日本は俺のご機嫌とりたいんだね、俺が機嫌悪いと困るんだね」と骨の髄まで優位に立つことを理解したお客さん、もとい、トランプさんが、日本と対等な話なんてしてくれるんでしょうか。てか、政治交渉の相手にここまで無思想なご機嫌取りの接待をしまくっている国って、他にあるんでしょうか。

私だってドイツみたいな社会なんかより、「お客様は神様」的な世界のほうがずっといい。でもそれが成立するためには、「神様」たるお客様の側に「いえいえ、神様なんてとんでもない、こちらこそよくしていただいて」といった品性がなければいけません。そしてその「よくしていただく」の意味は、「いい商品を売ってもらえた」とか「ちょっとした気遣いがある」とかであって、過剰な接待をしてくれるとか、特別な便宜を図ってくれたりということではないんじゃないか。御朱印で言うなら、「書いて送り返してください」と送り付けてくる人とか、「ホテルまで届けて」と置いていく人とか(どちらも実際にいるらしい)の根底に、「だってこっちはお客様=神様だし」って思想があるとしたら、それは下品としか言いようがありません。

浅草神社がそういう状況を潔しとしなかったのは、写経などをした人に渡すべき御朱印の本来の意味において当然といえば当然のこと。でも金を媒介とするパワハラ関係がまかり通る世の中で、そういう状況にまかれてしまう人は多いし、折れるどころか乗っかりまくり、金に任せてご機嫌を取る人だって多いものです。オリンピックの選考とかも、どうやらそんな感じだし。接待されて喜ぶ人同様に、こちらも下品であることは言うまでもありません。

渥美 志保

最終更新:5/25(土) 14:30
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