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「死ぬこと以外かすり傷」ではかなわない

5/25(土) 5:00配信

日経ビジネス

 以下、私の過去ツイートの中で「編集者」というキーワードを含む書き込みをいくつか抽出してみる。われわれの世界に蔓延するいたたまれない空気を多少とも感じ取っていただけたらありがたい。

 《固定電話にかけてくる人々。1.セールス 2.料金の督促 3.慇懃な編集者 4.親戚のご老人 5.間違い電話 6.変態 …まあ、あんまり出たくないですね。》リンク

 《原稿を書く人間には「引き伸ばす」「嘘をつく」「放置する」「逃げる」「屁理屈をこねる」といった所行は、著者にのみ許された一種の権利なのだという思い込みがありまして、それを編集者の側から著者に向けて発動されると、やはり茫然とするわけですね。》リンク

 《テレビのスポーツ番組の中には、アスリートを単なる「素材」扱いにしている感じのものがたまにあって、たぶん、作ってるヤツはシェフ気取りなんだろうなと思ったりする。それはそれとして、出版の世界で、著者を「手駒」と考えて仕事をする編集者が成功するとは思えない。》リンク

 《編集者泣かせと言うが、編集者の主たる職分は泣くことではないのか。》リンク

 《鳴かぬなら 私が泣こう 編集者》リンク

 《ライターを「時々仕事をまわしてやってる出入りの業者」ぐらいに思っている編集者は実在する。いま言ってるのは「そういう態度をとる編集者」のこと。内心でそう思ってる組はもっと多いはず。まあ、こっちが「時々仕事をまわしてもらっている出入りの業者」であること自体は事実だし。》リンク

 《これはあくまでも私の憶測なのだが、メディア企業の社員(編集者とかディレクターとか)は、自分が担当する自由業者(書き手とか出演者とか)の他媒体での仕事をチェックしなくなる。理由は定期的に顔を合わせる現場で気まずくなりたくないから。だからこそ座持ちが良いだけの人間が生き残る。》リンク

 《「天才編集者」という言葉をサラリと使ってしまえる編集者のアタマの中では、書き手は素材なのだろうな。おまえらはしょせんじゃがいもで、シェフのオレが味をつけて演出してやってるからはじめて料理になる、と。で、オレらは試験通ったエリートで、お前ら書き手は道具だ、と。上等だよな。ほんと。》リンク

 《ライターと編集者の関係では、慣例上、編集者がライターを「先生」と呼んで敬うことになっている。が、その一方で、ライターにとって編集者は、金主であり発注元であり自分の生殺与奪の権を握る全能の人間だったりもする。そんなわけなので、われわれは互いに皮肉を言い合わずにおれない。》リンク

 もう一つ厄介なのは、編集者が、ある部分では著者と二人三脚で書籍を制作するクリエイターの側面を備えている点だ。

 このため、著者と編集者の間には、ともすると

「ここ、違うんじゃないですか?」

「うるせえ。余計なお世話だ」

 式の緊張感がただようことになる。

 これもまた厄介なことだ。

 ここまでのところを読んで

「何を甘ったれてやがる」

「出版が無から有を生む魔法だとかって、制作側の思い込みに過ぎないんじゃないでしょうか」

「編集者は著者をリスペクトすべきだって、どこまで思い上がれば気が済むんだ?」

 と思った人はかなりの度合いで正しい。

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最終更新:5/25(土) 5:00
日経ビジネス

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