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最高難度のすい臓がんオペに挑む ゴッドハンド医師の手術に潜入

5/26(日) 11:06配信

FRIDAY

医師は素足に踏ん張りをきかせる。右手にメスを持ち、上半身を傾けながら内臓の奥深くを覗き込んだ――。

国際医療福祉大学三田病院(東京都港区)で行われた60代男性の肝臓がん手術。門脈(もんみゃく)内にも広がるがんを取り除く難しい術式だ。執刀医は、病院長の宮崎勝医師(68)。一歩間違えれば、太い血管を傷つけ出血しかねない。だが迷いなく病巣を切り取っていく。時計が2時間10分の経過を示したところで手術は終わる。予定していた半分の時間だった。

「順調でした」 とにこやかな表情の宮崎は、素足にサンダル履きだ。

「患者の出血が素足につくと感染症の危険があるので、多くの医師は靴下や靴を履きます。だけど、素足でないと足の位置が微妙にズレることがあるうえ、踏ん張りもきかない。腹部の奥にある臓器を切ることが多いため、足先のわずかな感覚も大切にしたいのです。大量出血が予想されるとき以外は、いつもこのスタイルですよ」

宮崎は、外科の中でも難易度が高いとされる肝臓、胆のう・胆管、膵臓(すいぞう)を扱う肝胆膵外科医だ。これらの臓器は「沈黙の臓器」と呼ばれ、初期には自覚症状がほとんどない。がんが進行した段階で見つかるため、治療が難しい分野だ。切らずに諦める医師も多い中、宮崎は1500件を超える手術を執刀してきた。困難と言われる再発した膵臓がんの手術も50件ほど成功させている。

「肝胆膵がんの死亡率は高く、病巣を取らなければ死を待つだけです。特に一度手術した場所は組織が癒着してしまい、再び切ることが難しい。多くの医師が二の足を踏むでしょう。ただ私をあてにしてくれる患者さんがいれば、 治る可能性がある限りベストをつくします。手術すると決めたら、頭の中で綿密にシミュレーションを繰り返すんです。車を運転していても常に考え続ける。考え抜いた末に、手術では 『ここだ』と決めた場所に 1mmもズレないように、迷いなくメスを入れます。少しでも患部からズレれば、患者に負担がかかりますから」

宮崎は世界で初めて 「血行再建」という方法をあみ出し、血管(肝動脈や門脈)の周囲に広がったがんも取り除いてきた。

「がんが太い血管にしみ込むように広がっていると、切除するのは非常に困難です。しかし、血管を切ったりつなぎ直せれば取り除けます。私も失敗を繰り返しながら、『血行再建』の技術を磨きました。自分が世界の先端を走れば、やがて追随する医師が出てくる。そうなれば多くの患者が助かるんです」

通常は断ることの多い高齢者の手術にも、前向きだ。10年ほど前に91歳の膵臓がん患者を手術し、今年3月には94歳(吉田千鶴さん、4枚目写真)の病巣を切り取った。膵臓がんの手術では、国内最高齢の患者と言われている。

「進行が『ステージ3』で、余命も1年ほどという診断でした。年齢を聞いた時は、さすがに手術は無理だろうと感じました。オペは成功しても、その後に起こりうる合併症に耐える体力がない年齢だからです。しかし、お会いしてみると身体的年齢が若く聡明な人。それに社会貢献活動をしていて、まだ自分がやらないといけないことがあると強い気持ちを持っておられました。手術を行う際に最も大切なことは、患者さんの意思です。生きたいという強い意欲があったことが、手術に踏み切った最大の要因でした」

いつにも増して、慎重さが求められる手術だった。体力の衰えた高齢者の体にメスを入れることはリスクが大きい。ましてや高い技術を求められる膵臓がん手術なら、躊躇する医師がほとんどだ。

「手術は7時間以上もかかり、 正直疲れました。失敗するかもしれない怖さもあった。それでも外科医以外にこの患者を治せる人がいないと思えば、やるしかありません。無事、手術は成功し、幸い大きな合併症もありませんでした。元気になってもらい、医者冥利に尽きます」

術後1ヵ月。吉田さんを病室で診察する宮崎がいた。大病院の病院長ともなれば、手術の執刀はしてもあとは担当医に任せておかしくない。だが自ら病室を回り、手術を乗り越えた患者に気さくに話しかける。宮崎の「患者を365日診る」というポリシーからだ。

「執刀医がこまめに病室を回れば患者さんは安心するし、容態を確認することで私の不安も減る。自分で手術をした患者は、盆や正月休みも関係なく診ています。人の体にメスを入れる責任は重く、患者から信頼されるためには医者も必死でやることが大切です」

吉田さんが話す。

「先生には『リスクがある手術だけど、僕が切る以上はパーフェクトにやる』と言っていただき、信頼してお任せしました。他の病院で『手術はできない』と言われた時には、もう年だしこのまま死んでいく覚悟をしました。先生はスゴい腕を持っているのに、偉ぶらないで友達みたいに接してくれる。長いこと生きていますが、こんな医師は初めてです」

宮崎は都立両国高校から千葉大学医学部に進み、その後は、外科医としての経験を積んできた。学生時代は、野球に打ち込んでいたという。

「小学校から大学まで野球をやっていました。日大一高からスカウトされ、そこで甲子園を目指したかったのですが、親に反対されて進学校の両国高へ行くことになりました。医学部を選んだのは、幼いころから父に『人のためになることをやれ』と言われ、それなら医者がいいと思ったからです。あえて難しい肝胆膵外科医を選んだのは、 野球で厳しい練習に耐えた経験があるから。自分で骨を折る仕事でないと納得できないんです」

千葉大では、外科主任教授、手術部長、副学長、医学部附属病院病院長などの要職を務めて’16年3月に退官。同年4月から、国際医療福祉大学三田病院の病院長に就いた。今年5月には、来春開院する同大学成田病院 (千葉県) の病院長(予定)となり設立準備に入るなど多忙な日々だ。現在も三田病院外科教授として、毎朝7時半には出勤し患者を診察する。

「食事は昼と夜の2回で、朝はコーヒーだけです。砂糖とミルクを多めに入れて、血糖値を上げます。移植手術のときなどは夜通し手術を続けることもあり、食事もままならない時もあります。体調管理としてジョギングを続けていて、自宅近くを30分ほど走ります。走ることで気分もリフレッシュできる。海外の学会にも必ずジョギングシューズは持参します。ギリシャのアテネには10回以上行っていますが、観光したのはパルテノン神殿ぐらい。それよりもジョギングしながらの景色を楽しんでいます」

臨床医は患者のことを四六時中考え、決して慢心してはいけないと説く。

「アップルの創業者であるスティーブ・ジョブズ氏がスタンフォード大学の卒業式でスピーチしたときのセリフに『ステイ・フーリッシュ』という言葉があります。馬鹿であり続けろとの教えです。若い外科医には、『自分が一流だと思う奴は三流。おごってしまう人間はダメだ』と話しています。自分が未熟だとわきまえ、患者を助けるために必死に考えて努力を続けていくことが医療者のあるべき姿だと思います」

大勢の患者が自分の手術を待ち望んでいる。ゴッドハンドドクターは体力の限り、執刀を続けるつもりだ。(文中敬称略)

『FRIDAY』2019年5月31日号より

最終更新:5/26(日) 11:06
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