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CL決勝、マンU奇跡の逆転から20年。凝縮されていたサッカーの教訓。

5/27(月) 10:31配信

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 夜の8時を過ぎても、カンプノウの上空にはまだ昼間の明るさが残っていた。

 電光掲示板に映し出されたフレディ・マーキュリーが、あの伸びやかなハイトーンボイスで「バルセロォ~ナァァァ~」と歌っている。

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 それは、カタルーニャ生まれのオペラ歌手、モンセラート・カバリェとのデュエット曲『バルセロナ』で、もしフレディが生きていれば、1992年のバルセロナ五輪の開会式で歌われるはずだったのだと、知り合いの日本人ジャーナリストが無知な僕に教えてくれた。

 そんな僕たち日本のメディアには、当然のようにテーブル付きの記者席など与えられない。「入れてもらえただけでもありがたいと思え」と言わんばかりに、一般のファンと同じ観客席の一角に押し込められる。ただそれでも、足がすくむほど急勾配の3階スタンドから見下ろす景色は壮観だった。

 ぎりぎりまで近くで一杯引っかけているのか、マンチェスター・ユナイテッド側のサポーター席がなかなか埋まらない。

 対照的に、整然としたバイエルン・ミュンヘン側のスタンドには、クラブ名の略語である「FCB」──奇しくもここカンプノウを本拠地とするバルサと同じだ──を模したコレオグラフィーが、美しく浮かび上がっていた。

20年前、CLファイナルの記憶。

 1999年5月26日のチャンピオンズリーグ・ファイナル。ちょうど、20年前の記憶だ。ところどころ断片的にはなっていても、オープニングセレモニーからのさまざまな光景が、今も目をつむれば鮮明によみがえる。

 当時、僕はまだ30歳を少し過ぎたばかりだったけれど、チャンピオンズリーグの決勝を現地で観るのは、その2年前のドルトムント対ユベントス戦に続いて2度目で、前の年には日本が初出場したフランスW杯も取材していた。

 それで、場数を踏んだつもりになっていたのかもしれない。ヨーロッパを代表する名門クラブ同士のファイナルに高揚感はあったとはいえ、それでも多少のことでは動じない自信もあった。

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最終更新:5/27(月) 11:11
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