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設計現場で地盤の揺れを想定した「新設計法」が使われない現実

6/2(日) 7:00配信

幻冬舎ゴールドオンライン

耐震設計を普及させた「耐震工学の父」の想い

■忘れられた設計思想

1995年の阪神・淡路大震災では、1981年以前の「旧耐震」の建物に被害が多く、新耐震設計法の妥当性が証明されました。ただし、後述するように本当は新耐震でも背の高い建物は結構、壊れていました。

橋本・クリントン会談による規制緩和の一環として2000年、建築の耐震基準が見直され、少し新しい設計法が導入されました。日本の設計法の仕様が「貿易障壁」とみなされ、仕様を規定する設計法から、性能を規定する設計法へ転換しました。木造住宅についても耐震規定が強化され、この年を境に木造住宅の安全性は向上しました。筋交いのバランスのよさや、金物補強の規定が厳しくなったのです。熊本地震ではこの2000年を境に、住宅の被害に差があることが分かりました。

新しい設計法では、「時刻歴応答解析」や「限界耐力計算」など、地盤や建物の複雑な動きを考慮した計算法が開発されました。しかし、手間とコストがかかるため、ほとんど使われていません。そして、従来通りの簡易な設計法が、佐野ら先人の思いなどが忘れられて、コストを増やさないために利用されています。耐震技術は向上したとはいえ、洪積台地上に多くの低層建物が建てられていた時代と、川が運んだ土砂でできた沖積低地上に中高層建物が林立している現代とで、どちらが安全かは分かりません。それは、多くの設計者が気付いていない、意外な落とし穴です。

2005年には、いわゆる「姉歯(あねは)事件」で耐震設計のチェックが厳しくなり、翌2006年から構造設計一級建築士や構造計算適合判定制度などが導入されます。

上杉鷹山は「為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」と述べ、鷹山の師、細井平洲は「勇なるかな勇なるかな、勇にあらずして何をもって行なわんや」と語りました。私の母校、愛知県立明和高校の前身である尾張藩校・明倫堂の初代督学(校長)であった平洲は、開校のとき「學(がく)思(し)行(こう)相須(あいまつ)」(学び、考え、実行することの三つがそろって、初めて学んだことになる)という言葉を残しました。身にしみます。

今こそ、国民の命を守る建築技術者の気概が問われているのではないでしょうか。

* 姉歯事件は、姉歯秀次・元一級建築士が構造計算書を偽造し、耐震強度を擬装したとされ起訴された事件。「アネハる」(手抜きをすること)という流行語が生まれました。

* 限界耐力計算の手続きでは、地下深くの通常杭を支持するようなところの揺れ方を規定しています。地盤の揺れを想定して建物の揺れを考えます。従来の建物の揺れから考えるのとは全く違います。軟弱な地盤では揺れが大きくなり。軟らかな建物も揺れが大きくなります。最新の科学的知見を入れた先進的な設計法ですが、中層以上の建物だと地震力が大きくなり、従来型の許容力度計算法の方がコストダウンできるから皆そっちを使います。さらに、限界耐力計算法は計算の手続きが面倒です。2000年に導入されましたがほとんど使われていません。

福和 伸夫

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最終更新:6/2(日) 7:00
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