ここから本文です

灘→ハーバードの「天才児」 被災地で知るアートの力

6/6(木) 7:47配信

NIKKEI STYLE

灘高校から米ハーバード大進学、休学して東北でNPOを立ち上げ、パフォーマンスアーティストとして活動、さらに日本でアート関連のスタートアップを起業したという、きらびやかすぎる経歴を持つ丹原健翔さん。「新しいことをするのはリスクではない」と言ってのける「天才児」は、なぜアートにたどり着いたのか。
もじゃもじゃ頭にヒゲ、そして淡々とした語り口から突如として驚きのエピソードが飛び出す。「幼少期にタスマニアに住んでました」「尿を売るカフェをやろうと思って」。丹原さんをよく知る人物によると、「たまに話が飛んで、『え?』って聞き返すようなことがある。興味があるものに対する行動力がすごい」という。
例えば、関西屈指の名門校、灘高で部活の掛け持ちをしていたというが、その数はなんと10個。模擬国連、英語劇、マジカル同好会、バンド……。「気になると、いてもたってもいられなくなる」性格と自認する。
「灘から東大へ行く人が多いですが、塾に行かないと東大は入れない。でも僕は誰よりも部活を頑張っているという自負があり、勉強しかしない同級生を見下している部分がありましたね。でも模擬試験で彼らが東大A判定で僕がB判定しかとれない、というのが現実。そこで海外受験って課外活動を評価してもらえるんじゃないかと思って、海外大を受験することにしたんです」

そして世界最高峰の大学、ハーバードに進学。ここまで聞くと、ちょっといけ好かないやつだと思うかもしれない。ところが、そんな天才児も大学2年生で壁にぶつかった。そして突然、休学という選択をとる。

■論理を超えるアートの魅力にとりつかれる

ハーバード大学内のある研究所で手伝いをしていた当時、女性上司がコロンビア大の准教授になるということで祝賀パーティーが開かれた。そのときに彼女が満を持して発表した研究発表が「シャネルやグッチなど高級ブランドの店に半ズボンTシャツ短パンサンダルで行くと、逆にすごい人だと思われる」というような内容だったという。
「まあネタとしては面白いのですが、そのアイデアが出てから発表まで、8年もかけてるんですよね。人生の10分の1ぐらいの時間をかけてその内容って……。スケール感と発表内容のあまりのギャップに絶望してしまいました」
大学に入ってからあまり成長していない自分を変えるためにも実践の場がほしい――。そう思ったとき、目に留まったのが、東日本大震災の復興支援ボランティアの求人だった。震災から1年経過した2012年のことだ。東北で今後は心のケアが必要になってきているという話を聞き、ハーバードで学んだ心理学を実践できるかもしれないと思い立った。

被災者への支援を行う一般社団法人で働き、ワークショップを通じて心のケアにあたった。そこで丹原さんはある傾向に気付く。ワークショップの参加者は女性が圧倒的に多かったのだ。東北の男性は、特に漁師町などでは忍耐が徳とされるため、ワークショップのようなものに参加して自分の気持ちを素直に表現することに抵抗感を示したという。
そこで丹原さんは、被災者約150人に対する2時間ほどのライフストーリーインタビューを約2年間かけて実施した。過去、現在、未来の人生をじっくり語ってもらった内容を編集し、映像アート作品に仕立てた。「はじめて過去の体験を言葉にすることができた」「よくわからないけど、話した夜、初めて睡眠薬を服用せずに眠れた」。アート作品作りに参加者した人々から様々な感動の声を聞き、丹原さん自身も心を揺さぶられた。
「アートという表現方法の力を感じた」と丹原さん。「論理を超えて人の心を動かせるものがあることを知った。すごく魅力というか、チャレンジングな可能性を感じたんです」。ハーバードに戻った丹原さんは美術史の勉強を始めると同時に、自ら実践者としてアーティストとしても活動を始めた。

1/2ページ

最終更新:6/6(木) 12:15
NIKKEI STYLE

記事提供社からのご案内(外部サイト)

ライフスタイルに知的な刺激を。
生活情報から仕事、家計管理まで幅広く掲載
トレンド情報や役立つノウハウも提供します
幅広い読者の知的関心にこたえます。

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事