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小林 久隆―― 米国立がん研究所主任研究員 近赤外線を使ったがん光免疫療法を開発

6/6(木) 12:26配信

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外科手術、抗がん剤、放射線では多くのがん患者を救済できていない。在米日本人研究者がこの三大療法を超える新たな手法の確立を進めている。

 2人に1人が、がんにかかると言われる現代、がんの確かな治療法が喫緊の課題になっている。これまで、主に外科手術、抗がん剤、放射線による3種類の治療が行われてきたが、これだけでは多くのがん患者を救済できていない現状がある。

 4番目の治療法として免疫療法が注目される中、テレビのリモコンでも使われている近赤外線を使って、がん細胞を攻撃、破壊しながら免疫力を回復させる治療法の研究開発が進んでいる。それを主導するのが米国立衛生研究所(NIH)の一部門である米国立がん研究所(NCI)の主任研究員、小林久隆だ。

 NIHは米国で最も古い医学研究の拠点機関で、ノーベル賞受賞者も多数輩出している権威のある研究施設。小林は1995年からここでがん治療の研究の一翼を担っている。

 米国で2015年から行われた頭頸部(とうけいぶ)の進行がんに対する近赤外線光免疫療法の治験では、15人中14人に効果が認められ、その内の7人はがん細胞が消えた。日本の国立がん研究センター東病院でも18年から頭頸部がんに対する同様の治験が行われ、食道がんでも臨床試験が予定されている。

 小林はもともと放射線を使って診断・治療する医師だったが、ちょうどエイズの患者が増えてきた時期に、免疫が低下したエイズ患者には多くの種類のがんができるのを見て、免疫の重要性を直感した。「紫外線より短い波長の放射線は遺伝子を傷付けるが、近赤外線はそれより長いので遺伝子を傷付けない。近赤外線は死んで壊れたがん細胞が放出する抗原に反応するので、免疫を高めることができる」と考えた。

 そこで何らかの物理エネルギーで薬の活性をがんの患部でのみスイッチオンするのが、解決策になるのではと思いついた。

 そのやり方はこうだ。がん細胞にくっつく特徴がある抗体(たんぱく質)を使って、特殊な暗赤色の光のみで細胞を殺すスイッチが入る化学物質を探し出して抗体と結合させた薬を作った。これを点滴で体内に注射すると、この薬の抗体部分ががん細胞に付着し、そこに近赤外線を当てると光に反応する物質が化学反応を起こして、がん細胞だけを破壊してくれる。がん細胞の周囲の免疫細胞は全く健全なままの状態であるので、壊れたがん細胞を体の免疫が認識して、新たにより強いがんに対する免疫ができる。

 つまり、近赤外線の照射によって体の中にがん細胞を打ち負かせる免疫が生まれる。免疫療法には、血液などを取り出して体の外で免疫力をつけて体内に戻す方法があるが、光免疫療法は抗体と近赤外線を使って体内の自分の力で免疫力をつけるいわば自力型だ。

 「一回、抗体で作った薬を注射して、翌日に卓上の発光装置を用いてこの特殊な近赤外線光をがんの患部に照射するだけなので、治療の手技は非常に簡単だ。抗がん剤の服用の際にみられるような強い副作用がほとんどない。がんを攻撃するリンパ球(T細胞)が十分にできれば、体全体にがんに対する免疫が広がって、転移したがん細胞も攻撃して完治できることがマウスを使った動物実験で確認されている。さらに、いったんこの治療で治った場合には、治療したがんに対するワクチンができて、患者にとって心配ながんの再発リスクがほぼない」など、他の治療と比較しての優位性を挙げる。

 この治療法の将来の可能性については「がん細胞にくっついてくれる抗体を見つけることが肝心だ。このがんには、この抗体が効くという診断をして、光免疫療法に使用できるキット(手技)ができれば、この療法でカバーできる範囲が飛躍的に広がる。そうすれば頭頸部がんだけでなく、大腸がん、胃がん、食道がんなど多くの種類のがんの治療にも応用できる」と課題を見据えている。

 米食品医薬品局(FDA)は18年1月、光免疫療法の承認審査を迅速に進める「ファストトラック」に指定、遠くない時期に承認されそうだ。日本政府もこの治療法の実用化に着目、小林は「光免疫療法を普及させるために日本に研究拠点を作りたい。そうすれば日本がこの治療法で世界に先んじることができるかもしれない」と話す。実用化の時期は今後の治験や臨床試験の結果次第だが、がんの4番目の治療法としての期待が高まっている。

 先端的な医療の研究の在り方について「日本では、いわゆる大物の研究者は多くの研究費がもらえるが、新人の研究者は、新しいアイデアを出してもなかなか評価してもらえず、研究費がつきにくい。一方、米国では、過去に実績のない研究者でも研究内容が素晴らしければ評価してもらえ、若手用の研究費を得て研究を始めることができる」と述べ、日米の研究費の配分方法の違いを指摘する。

 「来年の春には4年に1回のNIHの論文審査を受けるので、600ページにも及ぶ研究報告書を英語で書かなければならない。私の研究のライバルとなる人が審査員になることもある。審査で評価に値しないとなると、私は研究費を減らされてNIHでは研究ができなくなる。その意味で、日本のように主任研究員や教授になると定年までその地位が安泰というわけではなく、客観的で公正な厳しい審査を経て評価され、いまの地位を維持できる」と話し、緊張感の中で研究を続けている。

 日本の研究者もこうした正当な評価による競争環境に置かれることで、切磋琢磨する状況が生まれ、良い成果が生まれるのではないだろうか。

中西 享 (経済ジャーナリスト)

最終更新:6/6(木) 12:26
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