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義両親、実母の介護を経験した58歳女性の壮絶

6/6(木) 16:00配信

東洋経済オンライン

子育てと介護が同時期に発生する状態を「ダブルケア」という。ダブルケアについて調べていると、子育てと介護の負担が、親族の中の1人に集中しているケースが散見される。なぜそのような偏りが起きるのだろう。
子育てをしながら約15年間、義母、義父、実母の介護をほとんど1人きりで行ってきたという東京都練馬区在住の女性を例に、ダブルケアを乗り越えるヒントを探ってみたい。

■東京に帰れない…

 損害保険会社で営業職を務めていた香川藤子さん(58歳、仮名)は、1986年、同じ職場の男性と結婚。夫のニューヨーク勤務に5年間付き添い、1996年に仕事に復帰したが、1999年1月に出産のため退職。5月に38歳で息子を出産した。

 夫の両親は北海道帯広市から駆けつけ、香川さんの母とともに祝ってくれた。このとき義父が都内で迷子に。帯広に戻ってからも頻繁に行方不明になる。

 義父はアルツハイマーだった。会社経営をしていた義母は、仕事で多忙なうえ、義父から目が離せない。夫は海外出張で不在がちだったため、義母は困ったことがあると香川さんに電話をしてくるように。香川さんは義母が電話口でせきをしていることが気になっていた。

 2001年1月、義母に肺がんが発覚。ステージ4にもかかわらず、「お父さんが心配で家を空けられない」と入院治療を拒んだ。その年の5月、乳がんで亡くなった夫の妹の7回忌のため、香川さんは家族で帯広へ向かった。

 「行ったが最後、そのまま4カ月帰れませんでした。夫は仕事があるので帰りましたが、正直だまされたと思いました。でも、あのときは『長男の嫁の務め』と言い聞かされ、みんなに認められるいい嫁になりたくて、嫌とは言えませんでした」

 法要には親族が集まった。義母には年の離れた妹がいたが、「介護で忙しいだろうから」と以降、親族からの連絡は途絶えた。

 香川さんが帯広に残ると、義母は義父に付けるヘルパーを探し始める。しかし「言葉遣いがダメ」「こんな人じゃお父さんを任せられない」と一向に決まらない。2カ月後にようやくお眼鏡にかなうヘルパーが見つかると、義母は抗がん剤治療に入った。

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最終更新:6/7(金) 7:35
東洋経済オンライン

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