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元なでしこジャパンDF岩清水梓、2011年W杯優勝の軌跡に見るタイトルへの“道しるべ”

6/8(土) 19:01配信

Football ZONE web

初のメダル獲得を目標にスタートしたドイツ大会 イングランドに敗れて「正直もう終わった」

 なでしこジャパン(日本女子代表)は現地時間6月10日、フランスで行われる女子ワールドカップ(W杯)でグループリーグ初戦のアルゼンチン戦に挑む。8大会連続8回目の出場となる今大会、目指すは2011年以来となる優勝だ。当時、世界に旋風を巻き起こしたメンバーの1人で、女子サッカー界が誇る百戦錬磨のDF岩清水梓(日テレ・ベレーザ)に、改めて日本が頂点に立てた要因について訊いた。

 1991年の中国大会で初の女子W杯出場を果たした日本にとって、2011年大会は6大会連続6回目となった世界の舞台。それまで、グループリーグ突破は1回(1995年)だけだったとはいえ、08年の北京五輪で過去最高の4位に入ったことで、“メダル獲得”を目標に据えて大会に入ったという。

「北京オリンピックでメダルまであと一歩のところで届かなかったのは、相当悔しかったです。その後、ノリさん(佐々木則夫監督)が(世界大会で)メダルを取りに行くというのを目標として設定しました。2011年W杯もメダルを目標に向かいましたが、正直、自分の中ではまだ何も現実味がなかった。だから、予選リーグを突破することにまずはフォーカスして、その先は一戦一戦としか考えていなかったです」

 グループ2位で決勝トーナメントに進出した日本は、準々決勝で強豪ドイツと対戦することになったが、グループリーグ最終戦でイングランドに0-2で敗れて首位から転落した際には大きな喪失感を味わったと岩清水は明かす。

「イングランドに負けて2位通過になった時点では、正直もう(大会が)終わったかなと思いました(苦笑)。(準々決勝は)開催国で、なおかつ勝ったことのないドイツが相手でしたから。個人としても、センターバックを任されながら2失点。自分の仕事ができず、チームに申し訳ないという気持ちでいっぱいでした」

「一人ひとりが負けず嫌いで、ひたむきに、絶対に諦めない。その“芯”がなでしこらしさ」

 そんななかで、チームに大きく勢いをつけたのがドイツ戦の勝利(1-0)だった。それまで苦汁を飲まされてきた相手に延長戦に持ち込み、途中出場のFW丸山桂里奈がキャプテンのMF澤穂希のパスから決勝ゴールを挙げ、日本女子サッカー史上初のW杯ベスト4進出。岩清水も大会の“ターニングポイント”にこの一戦を挙げる。

「(優勝が見えてきたのは)やっぱり準々決勝のドイツ戦。諦めずに、やってやろうという気持ちで戦って、延長で(丸山)桂里奈ちゃんが(決勝点を)入れた時には凄いことをしたなと思いました。『ここで勝ったんだから優勝』という欲が出てきましたね。ドイツと戦って感じたのは、自国開催のプレッシャーはとてつもないんだなと。もちろん強かったし、守り切って守り切ってなんとか手にした勝利でしたけど、開催国は応援してもらえると同時に、緊張や焦りにも襲われているんだと」

 準決勝のスウェーデン戦は、相手に先制を許しながらFW川澄奈穂美(現スカイ・ブルーFC)とMF澤が計3ゴールを叩き出して逆転勝ち。決勝のアメリカ戦でも2度のリードを許しながら追いつき、延長戦でも決着がつかずに迎えたPK戦で難敵を退け、悲願の世界一に輝いた。日本中の人々の心を打ったその戦いぶりにより、「なでしこジャパン」の愛称はサッカーファン以外にも広く知られるようになった。当時、輪の中心にいた岩清水は、“なでしこらしさ”をどのように捉えていたのか。

「当時のチームは個性豊かで、キャラクターが強いメンバーが揃っていましたね(笑)。一人ひとりが負けず嫌いで、ひたむきに、絶対に諦めない――。当時、それぞれが持っていた“芯”が、なでしこらしさだと思います。本当に、最後まで諦めないメンバーでした」

 岩清水自身、当時は24歳にしてDF近賀ゆかり(現オルカ鴨川FC)、DF熊谷紗希(現リヨン)、DF鮫島彩(現INAC神戸レオネッサ)と並ぶ最終ラインを引っ張るディフェンスリーダーを担っていた。「24歳……よく考えたら(リーダーとして)若いですね」と笑いつつ、自分の役割について振り返る。

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最終更新:6/8(土) 19:17
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