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トランスジェンダー団体が初の本格参加、インドの巨大宗教行事クンブ・メーラ

6/9(日) 16:33配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

「43年の人生で、これほどの愛情と尊敬を集めたことはありません」と、パビトラ・ニムブホラカルさんは話した。今年初めにインドで開かれた世界最大級の宗教行事、クンブ・メーラの49日間でのことだ。

ギャラリー:トランスジェンダー団体、巨大宗教行事に初の本格参加 写真14点

 3年に1度開かれるクンブ・メーラは、インドの4つの都市(ハリドワール、ナーシク、ウッジャイン、プラヤーガラージ(アラハバード))を順番にめぐる。今回の開催地であるプラヤーガラージは、3つの川(ガンジス川、ヤムナー川、そして伝説上のサラスバティー川)の合流地点だ。宗教書によれば、神々と悪魔が争ったとき、不死の霊薬がこぼれ落ちたのが、この合流地点だとされる。2億5000万人ともいわれるヒンドゥー教徒の参加者たちは、クンブ・メーラの期間にガンジス川に身を浸せば、罪や悪い影響を洗い清められると信じている。

 ニムブホラカルさんは、トランスジェンダーの活動家ラクシュミー・ナラヤン・トリパティーさんが2015年に結成したヒンドゥー教の修行会「キンナル・アカラ」で、リーダーの1人に名を連ねている。今回のクンブ・メーラでは事務を担当し、およそ2500人の会員(多くがトランスジェンダーの女性)が安心して参加できるよう仕事をこなした。

 同時にニムブホラカルさんは、ヒンドゥー教の中でキンナル(トランスジェンダーの人々)が占める位置について演説するのに何時間も費やした。「私たちはヒンドゥーの宗教書で半神半人とされ、祝福する力をラーマ神から授けられています」。アカラの集会テントを訪れた多くの人が熱心に耳を傾ける中、彼女は語った。

 2019年1月から2月の49日間にわたり催された祭りの間、毎日2~3万人の群衆がキンナル・アカラのもとに殺到した。YouTubeやテレビ、新聞でニムブホラカルさんを見たインド各地の人々が彼女に会いたがり、彼女をマタジ(母)やマハラジ(導師)と呼んだ。家族の悩みを話し、解決策を見出してくれることを期待する人もいれば、あるいはただ手を取ったり、抱き締めたりしたがる人たちもいた。彼女を聖人だと考え、その力を感じようとしたのだ。

 こんな待遇は、ニムブホラカルさんのこれまでの人生とは全く対照的な経験だった。女性的であることへのからかい、性的指向を理由とする兄弟からの殴打、公衆の面前での虐待まで、今いる場所にたどり着くまでには長い道のりがあった。「この日を迎えられたということは、きっと、前世で何か善行を積んだに違いありません」と、彼女は言葉を詰まらせた。

 アカラ(修行会)は歴史的に男性の力が強く、女性が指導するアカラはない。一部の会にごく少数の女性修行者がいるだけだ。だが今回「ジュナ・アカラ」が、トランスジェンダーの修行会を受け入れた。クンブ・メーラの度にキャンプを設けて祈り、来訪者に教えを説いたり祝福を与えたりする13の宗派の中で最も古く、最大規模の修行会だ。このジュナ・アカラの一員となったことで、トランスジェンダーの会員たちは、吉日に「王の聖なる沐浴」(シャヒ・スナン)を行う権利を与えられた。プラヤーガラージの川の合流地点で、何百万人もの他の参加者に先んじて水に入ることを認められたのだ。

 キンナル・アカラは、2016年にウッジャインで行われたクンブ・メーラにも参加したが、「王の聖なる沐浴」への参加権は、沐浴の運営を統括する宗教団体、全インド・アカラ会議から拒否された。キンナル・アカラに与えられたのは、会員たちが祭りの期間中にキャンプを張る土地だけだった。それが今年のプラヤーガラージでは、専用トイレ付きのテント、無料の水と電気など、ほかの修行会と同じ設備を利用できた。

 インドにいるトランスジェンダーは約50万人。そのうち3万8325人が、2019年の総選挙で、初めてトランスジェンダーという身分で投票する資格を得た。長く社会に居場所がなかった彼らだが、2014年4月、インド最高裁判所から第3のジェンダーとして公式に認められた。

 一方で、社会的偏見、差別、アイデンティティーの認識、嫌がらせとの闘いは続いている。2016年改正トランスジェンダー(権利の保護)法案では、教育、医療、雇用におけるアファーマティブ・アクション(差別是正措置)を認めず、物乞いと性産業における仕事を犯罪と定めている。だが、これは多くのトランスジェンダーの人々が生きるために頼っている生計の手段だ。

 2018年のインド国家人権委員会の報告では、トランスジェンダーのインド人の92%が、他の経済活動に参加できないため、物乞いか性産業に従事していると推定される。教育を受ける機会があるのは半数未満で、62%が虐待や嫌がらせに苦しんでおり、ほとんど全員が社会から排除される経験を何度も味わっている。

 活動家でキンナル・アカラの設立者、トリパティーさんは、トランスジェンダーの人々を社会に溶け込ませるのに、宗教は良い方法だと話す。

 だが彼女は、LGBTQコミュニティーからの反対に遭ったこともある。ラーマ神の生誕地とされるアヨーディヤーにヒンドゥー教寺院を建設する動きを支持したときのことだ。アヨーディヤーにはかつてイスラム教のモスクがあったが、1992年、ヒンドゥー教の原理主義者たちがこれを破壊し、全国的な宗教対立を引き起こした。2000人を超える死者の大半がイスラム教徒だった。

 昨年11月、トランスジェンダーの人々は、トリパティーさんを非難する声明を起草した。その政治的野心と、アヨーディヤーのヒンドゥー教寺院建設への支持は「共同体間の憎悪への暗黙の呼びかけだ」というものだった。

 今回のクンブ・メーラを取材したプラヤーガラージの市民ジャーナリスト、K・ラシ・バダリア・クマルさんは、宗教がトランスジェンダーの人々に対する尊敬をもたらしているのは間違いないと言う。「人々はトランスジェンダーを、精神的な指導者だと見ています。路上で踊ったり、お金を無心したりするような人とは対照的に」

「宗教は後衛的なものですが、非常に弱い立場にある人々にとって、唯一の支えでもあります」。LGBTの権利を求めて闘ってきたインドで最も歴史ある組織、ハムサファル・トラストの議長で、インドで最初に登録されたLGBT雑誌「ボンベイ・ドスト」の編集者でもあるアショク・ロウ・カビ氏はこう話す。「誰かが宗教を利用して、トランスジェンダーに着せられた汚名を払拭し、彼らを社会に溶け込ませることができたら、素晴らしいと思います」

文=PRITI SALIAN/訳=高野夏美

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