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【張本勲の“喝”】野球の“浪漫”は一つのことに徹底的に打ち込むことによって生まれる/張本勲コラム

6/10(月) 10:59配信

週刊ベースボールONLINE

 以前、かつてあった“浪漫(ロマン)”が今の野球界には失われていると書いた。野球の浪漫とは何か――それは夢や愛などというフワフワしたものではない。一つのことに徹底的に、命懸けで打ち込むことによって生まれてくるものだ。私自身、選手でやっているときは浪漫など考えてはいなかったが、あとから振り返れば、確かにそこには浪漫があった。

 私たちのような昭和の人間は、野球だけにすべてを懸け、必死に打ち込んだ。日本全体がまだまだ貧しく、そこからはい上がっていこうという時代だった。その中で野球に人生を懸け、なんとかいい生活がしたい、おいしいものが食べたい、母親に楽をさせてやりたいという思いがあり、そのためにも何とか野球がうまくなりたい、もっと打ちたい、試合に勝ちたい、そして給料を上げたいという思いでやっていた。

 今は時代が変わり、日本全体が豊かになった。特に野球界は、日本のスポーツ界の中でも最も金銭的に恵まれたスポーツになっている。5億円、6億円といった年俸をもらう選手がおり、しかも3年、5年の長期契約を結んでいる。

 本当に恵まれた時代だと思うし、もちろんそれは悪いことではない。しかし、人間には楽をしたいという本能がある。今は少々休んでも、大した成績を残せなくとも、長期契約を結んでいれば簡単に年俸が下がることはない。こうなると、選手たちは少し疲れれば「あそこが張った」「ここが痛い」と言って休むことができてしまう。これでは浪漫など生まれるはずがない。

「偉そうに言うが、では、お前が今の時代に、同じ状況になったらどうなのか」と問われれば、私だって楽をしたいと思うだろうし、休んでいたかもしれない。だが、当時はそんなことをして結果が出なければ、あっという間に給料は下げられてしまった。簡単にクビになった。

 今はほかにもたくさんの選択肢があるが、昔はスポーツで金を稼ぐとなると、相撲か野球しかない。その中で私は野球を選び、必死に取り組んだ。私だけではなく、対戦相手もチームメートも、誰もがそうだった。そうやって一つの競技に打ち込み、しのぎを削ったからこそ、そこに見ている人たちの心を打つ浪漫が生まれたのだと思う。

 野球にすべてを懸けていたのは選手だけではない。指導者たちもそうだった。私にとって打撃の師と呼ぶべき松木謙治郎さん(元阪神、東映監督ほか)もそんな指導者の一人だ。ワンちゃん(王貞治、元巨人)にとっての荒川博さん(元巨人コーチほか)が、私には松木さんだった。

 私が東映フライヤーズに入団した1959年、松木さんは打撃コーチを務めておられたが、私に対して必死に、真剣に向き合って指導してくれた。今はバスの停留場となっているが、駒沢にあった東映の選手寮『無私寮』に、雨が降ろうが、雪が降ろうが、毎日通ってくださり、連日、猛練習を施してくださった。そこで私は正しい技術をはじめ、たくさんのものを学び、バッティングの基礎が築かれていった。

 今の指導者たちの多くは、「自分の指導によって選手たちの人生が変わるのだ」という覚悟が足りない。そもそも研究をしていないから、教えることもできないし、下手なことを言って選手がうまくいかなければ自分に責任が降りかかるから、本気で選手に向き合うことをしない。

 本気で向き合えば選手も本気になる。逆もまたしかりだ。私が引退してから数年が経ったころ、松木さんに「(当時は)お前に殺されるかと思った」と言われたことがある。それだけ、しつこく食らいついたということだ。18歳だった私は松木さんに教えを受けながら、膨大で濃密な練習を重ね、そんな私に松木さんも死ぬ気で向き合ってくれた。

●張本勲(はりもと・いさお)
1940年6月19日生まれ。広島県出身。左投左打。広島・松本商高から大阪・浪華商高を経て59年に東映(のち日拓、日本ハム)へ入団して新人王に。61年に首位打者に輝き、以降も広角に打ち分けるスプレー打法で安打を量産。長打力と俊足を兼ね備えた安打製造機として7度の首位打者に輝く。76年に巨人へ移籍して長嶋茂雄監督の初優勝に貢献。80年にロッテへ移籍し、翌81年限りで引退。通算3085安打をはじめ数々の史上最多記録を打ち立てた。90年野球殿堂入り。現役時代の通算成績は2752試合、3085安打、504本塁打、1676打点、319盗塁、打率.319

写真=BBM

週刊ベースボール

最終更新:6/24(月) 10:46
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