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日本の天文衛星も影響を受けた流転のウクライナ製ロケット、カナダで受け入れへ

6/10(月) 19:07配信

ニューズウィーク日本版

──打ち上げを待ち続ける日本の超小型天文衛星「ナノジャスミン」

完成から今年で9年目、いまだに打ち上げを待ち続けている日本の天文衛星がある。「「Nano-JASMINE(ナノジャスミン)」と名付けられた超小型衛星は、天の川の中心付近の天体の位置と時刻変動を観測する“位置天文衛星”だ。

カナダ企業のサイクロン4ロケット打ち上げ計画の動画

天球上の星の「地図」を作り、恒星が惑星を持っているか、連星の存在といった天文学の基礎データを得ることができる。国立天文台と東京大学のチームは、1990年代に活躍した欧州の「ヒッパルコス」という大型の位置天文衛星に匹敵する機能を、わずか33キログラムの衛星で実現。2010年秋にフライトモデルを完成させ、2011年の打ち上げを待つばかりだった。

■ ウクライナ製のロケット計画が頓挫

位置天文分野の先駆けである欧州からも活躍を期待されていたナノジャスミンだが、搭載予定だったウクライナ製のロケット計画が頓挫した。ロケットの名を「Cyclone 4(サイクロン4またはツィクロン4)」という。

サイクロン4は、旧ソ連時代からロケット開発技術を持つウクライナの商業衛星打ち上げロケットとして計画された。ウクライナとブラジルによる合弁企業「アルカンタラ・サイクロン・スペース」が設立され、ブラジル北部のマラニョン州にあるアルカンタラ射場から打ち上げが行われる計画だった。アルカンタラ射場は南緯2度30分と、世界のロケット射場の中でもトップクラスで赤道に近い。東側は大西洋が開けており、地球の自転を利用した打ち上げに有利な条件のよい場所だ。地の利とウクライナの技術を活かし、静止衛星にも、打ち上げ需要の増加が予想されていた小型衛星にも対応できる期待の宇宙ビジネスになるはずだった。

しかし、資金難からウクライナ側のロケット開発とブラジル側の射場整備が難航した。さらに、サイクロン4ロケットの技術に関する知的財産の一部をロシアが保有しているという事情もあった。ウクライナとロシアの関係悪化の影響を受け、打ち上げは何度も延期された。2015年4月、ブラジルは計画の中止を発表。サイクロン4打ち上げ事業は頓挫した。

行き場をなくしたサイクロン4ロケットが「北米へ射場移転を模索」という報道は翌年の2016年に米宇宙メディアに現れた。太陽同期軌道(1日のほぼ同じ時間に同じ場所の上空を通過できる南北の軌道)への打ち上げ能力は3.7トン、1機あたりの打ち上げ価格は4500万ドル(約49億円)と手頃な価格を表明していた。比較的近い能力を持ち、同じ南米の仏領ギアナから打ち上げられるソユーズロケットは太陽同期軌道に4.4トン、価格は8000万ドルとされる。

■ カナダ企業がサイクロン4ロケット打ち上げを計画

さらに翌2017年、カナダの企業がサイクロン4ロケットの打ち上げを計画している、という報道が現れた。カナダの宇宙ビジネスメディアSpaceQによれば、Maritime Launch Services(マリタイム・ランチ・サービシズ:MLS)という企業がノバスコシア州の射場を拠点に衛星打ち上げ事業を行うという。ブラジルより極域に近いカナダでは、赤道付近で有利な大型の静止衛星の打ち上げは難しいが、地球観測衛星向けに打ち上げ需要のある南北の軌道には向いている。競合ロケットには、インドのPSLV、ロシアのアンガラ1.2、米ノースロップ・グラマン(旧オービタルATK)のアンタレスなどが挙げられるが、北米の顧客にとって地理的に近いという点が競争力向上にとって有利だという。

2019年6月4日、ノバスコシア州の環境当局は、MLSに対し打ち上げ射場の環境影響評価を承認した。MLSは早期に州政府と用地の賃借契約を結び、7月には射場建設を開始する意向だという。カナダの射場は、サイクロン4の打ち上げに向けて大きく前進した。

射場が北になり、南北の軌道専用になったロケットは、元のサイクロン4とは設計が変更されている。3段型から2段型へになり、第1段の推進剤はヒドラジンからケロシンに、直径は3メートルから3.9メートルになった。名称は「サイクロン4M」と改められた。「大型コンステレーションを計画している衛星事業者との交渉を始めた」とのコメントも出てきている。2002年に始まったサイクロン4ロケット計画は、流転の末に落ち着き先を見つけたようだ。

■ ウィキリークス情報「アメリカがブラジルに対し圧力をかけた」

アルカンタラ・サイクロン・スペース事業の中止から4年が経過し、当時の背景事情が新たに見えてきた。アルカンタラ射場での計画が頓挫した原因は資金難とウクライナ、ロシア関係のほかにもう一つあった、との見方をブラジルのメディアが2015年に伝えている。ブラジル有力紙オ・グローボによれば、ウィキリークス情報により「アメリカがブラジルに対し圧力をかけた」ことが判明したという。

オ・グローボ紙の報道では、2009年にアメリカとブラジル間で技術保護協定(TSA)が締結されていないことを理由に、「合衆国は、米国の衛星企業または米国製部品を使用している衛星のアルカンタラ射場からの打ち上げを許可しない」と伝えられたとしている。大きなシェアを持つアメリカの衛星企業を顧客にできないことから打ち上げ事業の見通しが悪化し、事業は中止に追い込まれたというものだ。これには2000年にブラジル議会がアメリカ─ブラジル間のTSA批准を拒否したために締結できなかったという背景もある。

情報ソースはウィキリークスであるため慎重な判断を要するが、2019年3月にアメリカとブラジルはもう一度TSAに署名したという事実がある。今回、アルカンタラ射場から打ち上げを行う候補として名前が上がっているのは、アメリカの小型ロケット開発企業、ベクタースペースシステムズだ。

トランプ大統領は「ブラジルは赤道に近く、打ち上げに理想的だ」とコメントしたというが、皮肉なことに赤道に近い射場の利点が下がっている、との見方もある。赤道から地球の自転を利用してロケットを加速する打ち上げは、大型の静止通信・放送衛星にとっては好都合だ。しかし現在はスペースXのスターリンク計画など、南北の軌道を利用するコンステレーションと呼ばれる低軌道衛星網の計画が静止衛星に取って代わろうとしている。サイクロン4はカナダへ移転したことで、衛星市場の変化をやり過ごしたかもしれない。

政治に翻弄されたサイクロン4ロケットだが、さらにその影響を受けたナノジャスミン衛星の打ち上げロケットはまだ決まっていない。2018年には海外の小型ロケット企業が打ち上げを引き受ける可能性が浮上した、という光明があった。今度こそ、落ち着いて衛星の実力を発揮できるよう祈るばかりだ。

秋山文野

最終更新:6/10(月) 19:21
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