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子供を殺した元事務次官に「正義」は全くない

6/10(月) 6:00配信

JBpress

 5月末に発生した、登校中の子供を狙った「川崎事件」、その川崎事件に触発されて、最悪の形での「再発防止」として実行された「練馬事件」。

 ここ2週間ほどの間に発生した2つの事件について、私は欧州で報道を目にし、欧州の友人と意見を交換しながら連載を入稿していますが、いま起きている現象は幾重にもわたって「全く理解できない」と言われます。

 その背景の一つとして、日本人の精神構造を特徴づける、精神科医の土井健郎が提案した「甘えの構造」の議論を念頭に置いて前回の原稿を準備しました。

 今回はその「甘えの構造」が極めて日本的な特質である、という部分に焦点を当てて検討してみたいと思います。

X世代、Y世代、Z世代
 ドイツでこれら2つの事件の話を友人にすると、「それはZ世代の特徴なんじゃないの?」という返事。

 Z世代とは1990年以降2005年頃までに生また世代を指す用語です。

 物心ついた時にはすでにインターネットが普及しており、家にいながらにして何でもできてしまうのが当たり前という、2019年時点で言えばミドルティーンから29歳までをざっくりと指す、国際的な呼称です。

 「違う違う、X世代だ」と応じると、「理解できない」と返されてしまいました。

 X世代とは、いま触れた「Z世代」の2つ前のジェネレーションで、1960~75年頃までに生まれた世代です。

 つまり44歳から59歳までを指しており、皮肉な偶然ですが、練馬事件の被害者がその最年少にあたっています。

 前稿で私が触れた、私自身も属するところのこの世代から「おたく」「ニート」「引きこもり」が出ていると説明すると、何とも理解しがたいという表情をされてしまいました。

 X世代以降に生まれた「Y世代」と「Z世代」は、総称して「ミレニアルズ」と呼ばれることがあります。

 これはつまり、21世紀を迎えた西暦2001年を挟んで、生まれる/物心がつく/活躍する という意味合いで、X世代である私たち1960年代生まれなどは、それより過去の遺物という扱いになるようです。

 Y世代は、多感な10代より以前にインターネットの爆発的普及と社会の変化を目の当たりにし、バーチャルな社会での生活が素になっている人たち。

 「Z世代は生まれたときからネットがあるので、この両者が家に「引きこもった」ままでも、大概の用は足りてしまうというのなら分かる」

 「でもどうして、ネットが登場する以前に物心ついていたはずのX世代が、そういうことになるのか分からない」

 ドイツの友人はこう言うので、「川崎で凶行に及んだ人は、インターネットもスマホも関係なく、家に引きこもっていたらしい。1975年生まれで練馬事件の被害者になった人は、ネット中毒だったらしいけれど・・・」などと応じましたが、釈然としない様子でした。

 日本とも縁が深く、かつてはマガジンハウスに勤務したこともあるカナダの小説家ダグラス・クープランド(1961-)の処女作「ジェネレーションX・・・加速された文化のための物語たち」が国際的にヒットして、全世界に広まった「X世代」という表現。

 これは、米国ジョン・F・ケネディ政権でのキューバ危機以降の冷戦期に物心つき、家にはテレビがあり、アポロ計画の月旅行やベトナム戦争の泥沼化を自宅の居間で眺めていた人たちです。

 そして、1970年代以降の蹉跌したお兄さんお姉さんたちのヒッピー化なども見てしまい、要するに冷戦後期の「シラケた」新世代を示しています。

 いまだ冷戦が終わる以前に物心がついており、主義主張で集まったりデモ行進したりする熱意は持っていない。

 日本で言うなら1960年代末の学生運動、安田講堂への放水や浅間山荘の鉄球破壊などを子供として冷静に眺めてしまい、主義主張を気取るとか、群れるということに、およそ何の幻想も抱くことができない世代的な特徴があるかもしれません。

 そんな「シラケ世代」のジェネレーションXの中から、何らかの社会的不適応をきっかけに「家に引きこもってしまう人」がいる。

 そしてその中から、犯罪の加害者になった人もあれば、そのような犯罪の再発を恐れる親によって、命を絶たれてしまった被害者も出た・・・という、後半部分がおよそ欧州人には理解されませんでした。

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最終更新:6/10(月) 10:45
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