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なぜウラジオストクは日本人にとって鬼門なのか?

6/11(火) 6:30配信

Book Bang

「近代史の研究者として、ウラジオの駅舎を見た時は、やはり感慨深いものがあった」――この度、『世界地図を読み直す:協力と均衡の地政学』(新潮選書)を刊行した北岡伸一・国際協力機構(JICA)理事長と、中東・イスラーム研究者の池内恵・東京大学教授が、地政学的な視点から日本を取り巻く国際情勢について対談しました。

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池内 北岡先生の本で面白いと思ったのは、中国やロシアなど大陸国(ランドパワー)の周縁を丹念に回り、現地の視点から地政学を捉え直している点です。 第一章に出てくる極東ロシアのウラジオストクには、じつは私も同行しました。

北岡 そうそう、ウラジオで池内さんが迷子になって……(笑)。

池内 私がトイレに行っている間に、みんながさっさと車に乗って会議場に出発してしまった(笑)。でも、会議の相手のロシア科学アカデミーが若いロシア人の研究者を迎えに来させて、オンボロの自家用車で来てくれて、おかげで車内で率直な意見交換ができました。このような予想外のハプニングから、意外な情報やアイディアが得られたりするので、実際に自分の足で世界を回ることは、研究者にとって大切なことだと思います。

北岡 近代史の研究者として、ウラジオの駅舎を見た時は、やはり感慨深いものがありましたね。いろいろなことを思い出しました。たとえば幕末の頃は、ロシアより英米を脅威と感じる日本人も多かった。それが明治になってシベリア鉄道がウラジオまで来ることが分かると、一気にロシアに対する警戒感が高まった。たしかにウラジオから函館までは意外に近いんです。緯度もほとんど変わらないけど、ウラジオの港は冬は凍結して使えない。だからロシアにとって函館の開港は非常に重要でした。彼らからすれば函館は「冬場の港」だったわけです。

池内 ウラジオ駅からモスクワ行きの電車が出発するのを見学していたら、恋人を見送りに来ていた若い女性が泣いていました。モスクワまでは九千キロ以上あり、鉄道で一週間ぐらいかかる。広大な国土が持つ圧力を感じました。

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最終更新:6/13(木) 12:11
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