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群馬・布啓一郎vs.鳥取・高木理己。市立船橋「師弟対決」で溢れた思い。

6/13(木) 7:01配信

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 「開幕からこれまで。たとえ負けた試合のなかでも、自分たちのできたことがあって、それを積み上げてきた“つもり”だったんですけど。それは“つもり”に過ぎなかったということを、群馬さんに突き付けられました。きょうの試合に関しては、すべてができなかった。そういうゲームでした」

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 関東地方が梅雨入りしたばかりの今月9日、J3リーグ第11節。滴の細かな雨が降るなか、ガイナーレ鳥取はザスパクサツ群馬とのアウェイゲームに0-5で敗れた。今シーズンから鳥取の指揮を執る高木理己監督は、完敗を認めると同時に、わが師の存在の大きさをあらためて感じていたのかもしれない。

 この日の対戦相手である群馬の布啓一郎監督は、およそ25年前、自身が市立船橋高校サッカー部員だった当時の監督であり、指導者への道を進むキッカケをつくった、その人だったからだ。

北嶋秀朗らと選手権制覇を達成。

 来月7月で41歳になる高木監督は千葉県出身。Jクラブの監督を務めるのは今回が初めてになる。高3のときに出場した、第75回全国高校選手権の優勝メンバーのひとりだが、この大会で最も注目を集めたのは、1回戦から決勝までの6試合すべてでゴールをあげ得点王になった北嶋秀朗(現・ロアッソ熊本ヘッドコーチ)だった。

 そのほか佐藤陽彦、中村直志、吉川京輔といった同級生、あるいは1年後輩の山根伸泉といった、のちにJリーガーとなるチームメイトたちがレギュラーを張るなか、ときおり途中出場して主に中盤の右サイドに入る。それが高木の役割だった。

 高校卒業後に進んだ帝京大のサッカー部も、関東大学リーグの下部カテゴリーに相当する東京都リーグに所属しており、日の当たる舞台とは縁遠かった。ところが2000年、市立船橋高サッカー部のコーチと、控え選手の公式戦出場や地域に根差した一貫指導を目的に、前年に発足していたVIVAIO船橋のユースチームのコーチに就任することになる。

北嶋が知る指導者としての素養。

 「布先生に誘っていただいたんです。それ以外ないです。『お前来い』、『はい』で終わりでしたけどね(笑)。どうして自分が誘われたのか? 理由は聞いたことないですね。というか畏れ多くて、そんなこと聞けないです」

 とは言うものの、同級生の北嶋によれば、高校時代から高木に指導者としての素養を感じることがあったそうだ。

 「とにかく人望のある奴だった。試合に出ている・いないに関わらず、周りのことが気遣える。そういうところを持っていた。勉強家だし、いろんなことに興味をもって、いろんな知識も持っている。いま自分もコーチになってみて、やっぱり人の気持ちが分かる奴じゃないと、指導者はやれないと思うんです。アイツは何よりそこがスゴいんです」(北嶋)

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最終更新:6/13(木) 8:01
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