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楽天・平石洋介監督 情熱の指揮官はチームをどう変えていくのか?

6/14(金) 11:05配信

週刊ベースボールONLINE

選手との厚い信頼関係

39歳、12球団最年少監督として指揮を執る。思い切った選手起用に加え、ベンチの雰囲気も間違いなく変わった。青年指揮官が目指すチームの未来図はいかに。
写真=井沢雄一郎

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 2年ぶりに首位で交流戦へと突入した楽天。前年リーグ最下位の球団が、首位で交流戦に臨むのは2012年のロッテ以来、実に7年ぶり2度目のことである。

 これは春の珍事でも、フロックでもない。今季からチームを指揮する平石洋介監督あっての快進撃だ。12球団で最年少、39歳の青年監督は、ここまで選手の力を最大限に発揮させている。

 その采配は「恐怖政治」とは正反対。選手を信頼し、ある程度の寛容さを持って接している。今の楽天ベンチには、かつてないほどの一体感がある。

 たとえ致命的なミスをしたとしても、すぐに「懲罰」を与えることもない。例えば6月4日の巨人戦、1点を追う9回無死一、二塁。バントを試みようとした辰己涼介が、外角スライダーにバットを引いた。結果、飛び出した二走・小郷裕哉が、二塁けん制でアウトになった。

 この走塁死で流れを失うと、辰己、オコエ瑠偉が連続三振に倒れ、チームは2対3で敗れた。平石監督が尊敬する指揮官の一人である故・星野仙一氏(享年70歳)が監督ならば、激しいカミナリを落とされただろう。翌日、二軍に降格させてもおかしくはない。しかし青年監督に、降格させる考えはなかった。

「ミス、イコール二軍とは思っていません。もちろん、時と場合にもよりますけどね。それより次にどうするのかが、大事になる」

 二軍落ちさせるどころか、その小郷を4日後の中日戦(8日)で「八番・右翼」で先発起用。ドラフト7位の新人は、同点とされた直後の7回、決勝スクイズを決めるなど全2打点の活躍を見せた。期待に応えて2対1の勝利に貢献した。

「温情」の裏には、自らの苦い経験がある。2005年から11年までの現役時代、一軍では通算37安打に終わった。泥と汗にまみれ、真っ黒に日焼けした顔で一軍に昇格。レギュラー奪取へ「結果を残したい」と思う余り、空回りした。

「やっとチャンスをつかんで一軍に上がったのにすぐに二軍に行く、なんてことを若いときは気にしていた。『この打席でダメだったら二軍か』なんてことを思っていて、結果が出るはずがない。悔いしか残らない。若い選手は勇気を持って、自分が持っているものを思い切って出してほしい。悔いは残してほしくない」

 指揮官が結果を重視すれば、かつての自分のように選手が萎縮する。「結果なんて気にするな。思い切ってやれ」。指揮官がそう口にすれば、選手は伸び伸びとプレーできる。

 もちろん、優しいだけで監督は務まらない。鋭い眼光で見つめるときも、声を荒げるときだってある。一番許せないのは、失敗を繰り返すことだという。「巨人戦(の走塁死)は小郷のミスだけど、同じミスをほかの選手がやってもダメ。チームとして同じことをしないために、どういう準備をするのかが大事」。温かく、だが時に厳しく。まるで理想的な父親のような絶妙なバランスで見守る。

 普段の練習でも「親心」という言葉が、しっくりと来るときがある。打撃練習はもちろん、バックスクリーン手前で行っている投手練習も間近で見守る。めまぐるしく動き、さまざまな選手とも対話を欠かさない。

 主将の銀次は「昔からずっとそうですけど、どんなときも見守ってくれている」と明かす。ベテランの藤田一也も「本当にすごくコミュニケーションを取ってくれる。こちらの小さな変化にも気づいて、伝えてくださる」と感謝する。

 開幕から島内宏明を四番で使い続けたかと思えば、5月中旬以降は状態を考慮して島内を二番に回した。まず自分の目で見る。さらにコーチ陣からの報告を受けて、映像でも確認。さらに自ら会話してチェックする。最善の一手を追求するためなら、時間も労力も惜しまない。

 ホームでの試合終了後、帰宅するのは基本的にはどのコーチよりも遅い。トレーナーや二軍からの細かな報告も必ずチェック。だからこそ、非常事態にも対応できる。

 5月、左手首痛の田中和基に加え、藤田も負傷離脱。6月8日の中日戦では嶋基宏に加え、ジャバリ・ブラッシュも体調不良で欠場した。しかしいずれも大卒新人の辰己、太田光、渡邉佳明、小郷の4選手をスタメンで起用。全員大卒の新人4人が先発したのは球団史上初めてだった。全選手の特徴から状態まで熟知した指揮官だからこそ、大胆な起用が可能となる。

 なるべくして監督になったのかもしれない。PL学園高と同大では主将を務め、強いリーダーシップを発揮。そして大学では指揮官としての「下地」も学んだ。「大学時代は当時の監督さんが自分自身でも社会人野球でプレーしていたので、毎日は練習に来られなかった。だから試合までのいろんなことを、全員で話し合って決めていた」。打つために守るために、そして勝つために、どうするのか。全員で意見をぶつけた4年間も、力になっている。

 一軍打撃コーチ補佐として日本一に貢献した13年。チームを指揮した故・星野監督は、シーズン途中、こんなことを漏らしていた。「平石はずっと球団に残すべきだ。それが球団のためにもなる」。早朝練習では、打撃投手役も務めた。試合後も遅くまで残って、相手投手や味方打線を映像で研究。親身になって献身的に選手を支える兄貴分は、星野監督にも高く評価されていた。

 一方で闘将の教えは、今も平石監督の中に生きている。

「一番、星野さんから学んだのは、闘う姿勢ですね。どんな相手でも、どんな状況でも闘う姿勢を失ってはいけない」

 序盤戦は岸孝之、則本昂大と両エースを欠く状態。だが、どんなときもファイティングポーズは崩さなかった。交流戦前の時点で、逆転勝ちは両リーグ最多の17度。信頼できる監督の下、一心不乱に、一丸となって戦う集団が弱いはずがないのだ。

PROFILE
ひらいし・ようすけ●1980年4月23日生まれ。大分県出身。PL学園高から同志社大、トヨタ自動車を経て2005年ドラフト7位でできたばかりの楽天に入団。11年限りで引退し、翌年からコーチ。昨年途中、辞任した梨田昌孝監督のあと代行監督となり、今季から監督に。選手通算成績は122試合出場、37安打、1本塁打、10打点、4盗塁、打率.215。

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最終更新:6/24(月) 11:17
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