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「国内で圧倒的でなければ世界で通用しない」テコンドー・山田美諭の想い

6/14(金) 12:01配信

Tarzan Web

きりっとした表情が、美しい女性である。しかし、「相手を前にするとボコボコにしてやろうと思っちゃうんです」なんてことを、サラリと言ってのける人でもある。山田美諭は、今のところテコンドーでは日本最強にして、最高の選手といえよう。今年2月に行われた全日本選手権の決勝では、女子-49kg級で59-5という大差をつけて優勝。他階級を含めて自身通算8度目となる日本一に輝いた。日本の中では同じ階級に敵なしだった女王。だが、リオデジャネイロ・オリンピックは夢に消えた。決意を新たに彼女は、東京への道を歩み続けている。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」、No.763より全文掲載)

勝つことは当たり前だと思っていた。

「今年5月に行われる世界選手権の決勝の舞台に行くことが今の目標なので、全日本で勝つのは当たり前だと考えていました。世界のレベルは本当に高いので、国内で負けていたら話にならない。

私のテコンドーは攻撃的というのもあるんですが、カラダの柔らかさを生かした蹴りが持ち味。相手が読めない軌道で蹴りを出してポイントを重ねるのが得意なんです。全日本では、そのいい部分が出て勝つことができました」

山田は3歳のころから、父親の道場で空手を始めた。これが、フルコンタクト、寸止めなしの空手だった。つまり、本気でボコボコにするようなスタイルを学んでいたのである。

「保育園の友達がやっていたので、私もやりたいと父に言って空手を始めました。それからは、毎週日曜日は空手の大会に出場していましたね。ただ、私が空手をしていたときは、男女混合の部といって、いつも男子と試合をしていたんです。

高学年になってくると、体格の差がどうにもならなくなった。空手って、階級が細かくなくて、10kg重い子と戦うときもある。私は体型的にも、それほど大きいほうではなかったので、なかなか勝てなくなったんです。そんなときに、私が足技を得意にしていることもあって、父がテコンドーをやったらと言ってくれたんです」

空手では男子と戦いながらも、全国大会で3位になるほどの実力だった。しかし中学校1年のときにテコンドーへと転向することを決意した。

テコンドーは華麗な足技が勝負の重要なカギになる競技で“足のボクシング”ともいわれている。しかも、1988年のソウル・オリンピックで公開競技になり、12年後のシドニー・オリンピックでは正式種目に決定した。空手は東京オリンピックで正式種目になったが、山田がやっていたフルコンタクトはその範疇ではない。そんなことも考えて、父親はテコンドーを勧めたのだろう。そして、父親自身もテコンドーを始めて黒帯を取り、道場で空手と並行して教えるようになっていったのだ。

「私は空手が楽しいと思ったことがなかったんです。フルコンタクトって本当に痛いですし、練習も蹴られるのにひたすら耐える練習とか(笑)。嫌でしたね。

だから、テコンドーを始めたときは、全然痛くないって思ってました(笑)。それに、自分の技がポイントになって出るので、勝敗がわかりやすい。空手が実戦的だとしたら、テコンドーはゲーム感覚。最初は、それが楽しかったんです」

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最終更新:6/14(金) 12:01
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