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現役監督ガブリエル・ミリートの講義で思う「サッカー監督=ツアーガイド」説

6/14(金) 19:06配信

footballista

芸術としてのアルゼンチン監督論 Vol.9

2018年早々、一人の日本人の若者がクラウドファンディングで資金を募り、アルゼンチンへと渡った。“科学”と“芸術”がせめぎ合うサッカー大国で監督論を学び、日本サッカーに挑戦状を叩きつける――河内一馬、異国でのドキュメンタリー。


文 河内一馬


 「ビルドアップで最も重要なのは、“誰”の“何”だ?……違う、FWの立つ位置だ」

 ああ、自分のアイディアを選手やスタッフに伝えなければならない監督という人間には、こういった、人々の意表を突くセリフが必要なのだと、そう思った。意表を突くのは簡単だけど、ちょうど良い加減で意表を突くのは、すごく難しい。このセリフ、ちょうど良いなあ……。そんなことを思いながら始まった、あるアルゼンチン人監督の講義は、「いろんな意味で」非常に興味深いものだった。

■「兄」ではなく「弟」、「出口」ではなく「出発」

 今、私の目の前に立っているのは、元アルゼンチン代表、そしてバルセロナでもプレーをしたガブリエル・ミリートだ。今現在は、私が住んでいる街を代表するクラブのトップチームで、監督として指揮を執っている。彼の兄であるディエゴ・ミリートは、私と同じ指導者学校の卒業生で、インテルでモウリーニョとともにCLを制してから個人的に憧れていた選手であった。最初に「明日ミリートの講義があるよ」と聞いた時、「そんな大事なことはもっと事前にお知らせしてくれ」と思いつつ、ここはアルゼンチンであるということを再確認し、加えて兄の方が来るのだと大喜びをした。人生はそんなに甘くはなかったが、弟のガブリエルは、最初の言葉のチョイスで私の心を簡単につかんでみせた。

 アルゼンチンでは、ビルドアップのことを「Salida(サリーダ)」と呼ぶ。日本語に訳すと「出口」や「出発」、「出ること」など、いろいろな意味を持つ言葉だ。スペイン語圏でサッカーを学んでいる方々、もしくはそのような方々からサッカーを学んでいる指導者が、「Salida de balon」という言葉を「ボールの出口」と表現しているのを、聞いたことがある人も多いかもしれない。確かに「ボールの出口」を見つける行為のようにも思えるし、つまりそれは「ボールを出発」させることであるとも言える。

 個人的に「ボールの出口」という表現より、「ボールの出発」の方がしっくりくるけれど、日本語にあまり興味がない人は、ここで「どっちでも良い」という判断をするのかもしれない。一方日本語が好きな私は、「出口」という言葉を聞くと「それまでのこと」が頭に浮かんできて、「出発」という言葉を聞くと「それからのこと」を自然にイメージする。何を隠そう、ビルドアップは「それからのこと」をイメージしなければならないから、私にとっては「出発」なのだ。なんらかの「出発」をするためには、事前にいろいろと準備が必要な時もあれば、いっそのこと、えい!っと「出発」してしまった方が良い時もある。旅に「出発」する前に、緻密に計画を立てて準備をする人がいれば、たとえ無計画でもできる限り早く「出発」することを好む人もいる。サッカーと同じように、別に正解はないのだけれど。

 アルゼンチンでは「ボールが移動している間(誰も触れていない間)」のことを、「Viajar(旅をする)」という動詞を使って表現する。旅をするのに重要なのが「出発」することであるのは間違いないが、緻密に準備をした結果、時間がかかり、結局いつまで経っても「出発」しない人々を見て、とにかく「出発」したい人々がイライラする気持ちもわからなくはない。サッカーの話をしているのか、旅の話をしているのか、はたまたミリートの話をしているのかよくわからなくなってきたところで、話を元に戻したいと思う。

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最終更新:6/14(金) 19:06
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