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600年以上前の城壁や町の形がそのまま残っている「城郭都市」|世界遺産「平遥古城」を歩く(中国・山西省)

6/15(土) 6:02配信

サライ.jp

写真・文/藪内成基


2019年6月30日からアゼルバイジャンで開催されるユネスコ世界遺産委員会。日本からは「百舌鳥・古市古墳群」(大阪府)が世界遺産に登録される予定です。2018年時点で、世界遺産が最も多いのがイタリア(54件)で、中国(53件)が続きます。数多くの歴史遺産を有する中国の中で、唯一「城郭都市」として登録されているのが平遥古城(へいようこじょう)です。

明代に築かれた城壁が約6kmにもかけて巡らされ、城壁の内部では明や清の時代にタイムスリップしたような歴史散策が楽しめます。2014年に開業した平遥古城駅を利用すれば、西安から高速鉄道で約3時間、北京からも約4時間でアクセスできます。

明代の城郭都市の姿を残す平遥古城

平遥古城は明代の城壁がほぼ完全な形で残っており、1997年に世界文化遺産に登録されています。ただ城壁が残っているだけでなく、商業施設の配置や役所、市場の位置などが明代とほぼ変わらない状況で保存されているのです。

かつて中国の都市の大部分は、町全体を城壁で囲んでいました。しかし、現在ではほとんどが壊されており、平遥古城は古い中国の都市を知るのにぴったりの町なのです。「古城」という言葉からは、「城跡」を連想するかもしれませんが、「城壁で囲まれた古い町」というのが実際の姿です。

平遥古城は約2700年前の西周時代に築城されました。城壁は内部を土で固め、外部をレンガで築く「版築(はんちく)」という工法で造られています。何度も改修を繰り返す中、明の洪武3年(1370)に築かれた原型を今でも残しています。

外周約6.4km、高さ約12mの城壁上には、「敵楼」と呼ばれる櫓が72箇所築かれています。さらに、城壁が突き出した部分を利用して、中国の城に特有の防御施設「とん台」が設けられています。四隅には角楼が築かれ、現在は東南部の「奎星楼(けいせいろう)」のみが残っています。

城壁の上から町並みを一望する

平遥古城はほぼ方形をしており、南北に1つずつ、東西に2つずつの城門を構えています。
南門に当たる迎熏門(げいくんもん)を「頭」、北門に当たる拱極門(こうぎょくもん)を「尾」、東西2つずつの城門を「脚」に見立て、亀の形に例えて「亀城(きじょう)」とも呼ばれます。

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最終更新:6/15(土) 7:26
サライ.jp

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