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カナダの注目女優が語る、若者が自分を見失う理由「目標は見つけるものではない」

6/15(土) 8:45配信

bizSPA!フレッシュ

映画のタイトルは「蛍はいなくなった(原題)」

――本作は、少女の成長物語、ファミリードラマ、あるいは社会派映画とも、様々に解釈できると思うのですが、カレルさんはこの作品をどのように捉えていますか?

カレル:この映画は、自分を見失っている女の子が、自分自身を発見していく心の旅を描いた作品です。

 映画のタイトルは「蛍はいなくなった(原題)」。光の下では見えない蛍、暗い場所だからこそ見える蛍――。この「蛍」は社会的なメタファーであり、現代社会において“陽のあたる”ところでは“見えない人々”、つまり、弱い光しか発せない人々に、私たちの目はなぜか向かない……。こんなことを問いかけている物語でもあります。

プレッシャーは人を“頑な”にする

――本作から、カナダの学校では、「人生の目的をもつこと」や「仕事で成功すること」というような、個人主義や個人的成功に重点をおいた教育をしている印象を受けました。成績優秀で聡明なレオニーがこういった社会的価値観に反抗しているのはなぜでしょうか?

カレル:レオニーはとてもシニカルな女の子で、プレッシャーを感じていないことを大人に証明するために、あえて反抗的な態度をとっています。「未来なんて大切じゃない。そのときにその場で考えればいいんだ」と自分に言い聞かせている部分もあるかな。

 作中、レオニーの両親は「人生の目的をもつ」「仕事で成功するために勉強をする」というようなプレッシャーをレオニーにかけますよね。こういった親の過干渉が彼女をより“頑な”にしてしまいます。もし、家族がもう少し彼女を自由にさせてあげたら、あそこまで反抗的にはならなかったでしょう。

――フランス文化圏であるケベック州は、本作で労働運動が描かれているように、ほかのカナダのエリアよりも、フランスのように社会主義的な色が濃いと聞いています。こういった要素もレオニーの性格形成に影響していると思いますか?

カレル:社会的プレッシャーはどんな社会でも存在していると思います。ただ、カナダのなかでもケベックは文化水準が高く、学歴重視社会ですから、ケベックの生徒たちはほかのエリアの子供たちよりも、より高いプレッシャーを感じているのかもしれません。

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最終更新:6/15(土) 8:45
bizSPA!フレッシュ

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