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土屋敦の男の料理道 エリート男子高校生も料理すれば体感 試行錯誤の喜び

6/16(日) 10:12配信

NIKKEI STYLE

毎年、東大をはじめとして難関大学へ多くの合格者を出す神奈川県の進学校であり、その一方で自由な校風でも知られる栄光学園高等学校。ここで私は週に1回、料理を教えている。

栄光学園は男子校なので、意外に思う方も多いかもしれない。「家庭科の授業ですか?」と聞かれることも多いが、実はそうではなく、高校1年生が週に1回受ける選択制の「高1ゼミ」として「栄光キッチンラボ」と題した授業をしているのだ。昨今は男も料理ができなければならない(あるいはモテない)と考えている男子、そして、料理ができたほうが将来困らないと考える保護者も多く、ゼミへの希望者は結構多い。

実はゼミでは「料理の作り方」は教えない。生徒たちが試行錯誤しながら料理を作る姿を、(いろいろ言いたいのをぐっとガマンしながら)見守るのである。

例えば、授業の初めに「じゃあ、味噌汁作って」と生徒たちに言う。そして、目の前には、羅臼昆布、真昆布、利尻昆布、日高昆布、そして、瀬戸内産のカタクチイワシの煮干し、同じくカタクチイワシの煮干しだが、長崎産のもの。そしてマイワシの煮干し。さらに多様な味噌。西京味噌、麦味噌、仙台味噌、赤味噌から白味噌まで麹(こうじ)歩合がさまざまに違う味噌を並べておく。

「ちゃんと素材を食べて味わってから、どんな味噌汁にするか方針を決めて作り始めてね」と付け加えて、授業は始まる。恐る恐る、生徒たちが動き出す。あとは基本的に見ているだけ。真っ先に味噌を入れたり、ぐつぐつと煮込んだり、作り方は様々だ。味噌汁が仕上がってきたら、味を見させてもらい、「おお」とか「いいね」などと感想は言うが、「どうすればいいですか?」という質問には、「いろいろ試してみな」というふうにしか答えない。

そうやって、「ああでもない、こうでもない」と悩みながら味噌汁を作る生徒たちを楽しく眺めるのが、私の仕事(?)だ。常に腹が減っている男子高校生たちなので、いきなり煮干しに味噌をつけてバクバク食べ始めたりもするが(おかげで今年は大量の煮干しを買う羽目になっている)、やがてそれぞれに味噌汁づくりに取り組み、熱中して個性的な味噌汁を完成させる。それを見るのが、本当に楽しい。

料理のいいところは、何より失敗しやすいという点だ。私がこの文章を書いている瞬間にも、世界中できっと何億人もの人が、焦がしたり煮すぎたりと料理を失敗していることだろう。多くの人が失敗しているのだがら、気軽にどんどん失敗できる。そこに料理の価値がある、とも思う。トーストが黒焦げになり、ジャガイモが煮崩れたところで、バツをもらって成績が下がったり、希望大学に行けなかったり、昇進の障壁になったりすることはまずない。

そもそも、料理には正解がない。いや無数に正解がある、といったほうがいいかもしれない。さらに「無数にある正解」に至る方法も無限にある。だから「ああでもない、こうでもない」といくらでも試行錯誤でき、その試行錯誤のたびにたくさん失敗できるのだ。

さらに言えば、料理の世界では失敗は容易に「成功」に転換する。アップルパイを作るためのリンゴをいためすぎるという失敗から生まれたタルト・タタン、チョコレートがオーブンでの加熱によって溶けるはず、という見通しが外れて生まれたチョコチップクッキー、寒い夜に窓際に棒入りのソーダを放置してできたアイスキャンディ、脂でつるつるのフォアグラが滑って溶けたチョコの鍋に落っこちて生まれた「フォアグラのチョコレートソース」。失敗から生まれたおいしい食べ物はたくさんある。


これらの「成功」は、失敗をちゃんと拾えたからこそ生まれたものだ。栄光学園での授業でも、生徒たちがこれまでの料理の常識からは「失敗」とされることをしたときに「それは違う」と言ってしまったら、彼らオリジナルの新しい味は生まれず、その創造性をそぐことになる。だから、「料理の常識に沿っているか」をチェックして注意するのではなく、彼らの失敗や、常識を超えた調理法をいかに拾えるか、が大切になるのだ。
「レシピ通りに作らせられる」のではなく、彼らそれぞれが自分なりのやり方で料理に取り組む。そしてそのやり方をわれわれが認められれば、生徒たちは目を輝かせて熱中し、彼ら自身が納得できる味になるまで、楽しそうに試行錯誤をし続けるのである。

そして、料理のおいては「成功」もまた、新たな失敗のベースになる。料理をおいしく作れたと思った瞬間、もっとおいしくできるかもしれない無数の方法が頭に沸き起こっている。そしてそれを試し、またたくさん失敗し、試行錯誤する。何度も成功の喜びを味わいながら、幾度となく失敗し、永遠に試行錯誤を続けるーーこれをありふれた日常生活のなかでやり続けられることこそが、何より料理のすばらしいところだろう。

ゼミが始まった1学期は、「先生、このやり方であってますか?」と聞いてくる生徒たちが多い。それがやがて「先生、邪魔なんで、そこどいてください」なんて言ってくるようになると、心の中で「やった!」と思う。

当初、「先生この味でいいかどうか、味見してください」と言っていたかわいい生徒たちが、自分たちだけで味見してどんどん作業を進めていくようになり、私が「お願い! 味見させて!」と頼んでもイヤそうな顔をするようになるのはちょっとさびしくもあるのだが、料理を作るとは、本来、ほかならぬ自分自身こそを頼りにして試行錯誤を繰り返しながら進んでいくことだし、「学び」全般が、本当はそうあるべきだとも思う。

もう1つ、このゼミで大切にしたいと思っているのは、五感を研ぎ澄ますことである。料理に必要な感覚というと、まずは味覚、加えて嗅覚と思うかもしれないが、実は、調理の過程、特に加熱の工程では触覚、聴覚、視覚も非常に重要である。例えば、肉を焼くとき、まず、手で塩をつかんだ感触で、どれぐらいの塩を肉にまぶしつければいいのかをなんとなく感じられるようになってもらう。

フライパンに油と肉を入れて火をつけたあと、音の変化によって、温度を感知してもらう。肉に火が通っていく過程では、たんぱく質の熱変性を、手で触った感触や見た目の変化で感じてもらう。〇度で〇分焼けば火が通る、といったことではなく、五感を研ぎ澄ました状態で、おいしい肉の焼き上がりを察知できるようになることを目指すのだ。

さらに、適切な塩加減で絶妙な具合に加熱がなされれば、肉や魚は、ステージが1つ上がるように一気に美味になることも体験してもらいたいとも思っている。これを経験すると、ほぼ例外なく、料理がぐっと上手になる。

この五感を研ぎ澄ませて、食材へ加熱を行う授業は、2学期にはさらにバージョンアップする。野外のたき火で調理するのだ。いわば、人類の調理の原点ともいえるやり方を通して、自然の中で最大限、五感を使って料理することを堪能してもらうのだ。

クラスに参加している高校1年生は、時間がたつとともに大学受験を意識していくことだろう。だからこそ、失敗や誤答に価値を見いだすことが難しい受験勉強の世界から離れて、たくさん失敗しながら新しいものを創造し、それを五感で味わい尽くす喜びを体験してもらいたいと思っている。


さて、「『料理の作り方』は教えない」と書いたが、実はレシピも用意している。最後に「栄光キッチンラボ風の味噌汁レシピ」をご紹介しよう。なお、料理を通じて試行錯誤し探求することの面白さをお伝えしたくて続けてきたこの連載も、今回をもってお休みをいただくことになる。読んでくださった皆様に感謝したい。

【ゼロからの味噌汁レシピ】手順1 とにかく作る。手持ちの情報、経験だけで、味噌汁を作ってみる。自分が「何ができて何ができない」のかを知る。疑問点をあぶり出す。手順2 素材を味わう。味噌汁の材料から味や香りを構成する「情報」を集める。手順3 どんな味噌汁を作るかを決める。味、匂い、食感などから得た情報、6W3Hの制約条件を考え、どんな味噌汁が作れるのか、どんな味噌汁を作りたいのかを考える。コンセプト、方向性を決め、それを実現するにはどうすればいいか、仮説を立てる。※料理の6W3HWhy    なぜ作るのかWhat   何を作るのかWho    誰が作るのかWhom   誰に作るのかWhen   いつ作るのかWhere   どこで作るのかHow long どれぐらいの時間をかけて作るのかHow many どのくらいの量で作るのかHow much どのぐらいの金額で作るのかこれらを踏まえたうえで、How=どのように作るのか、方針を決める。手順4 具なし味噌汁を作る。自分たちが決めた方針にしたがって、それを実現するための方法を探る。でき上がったものを吟味し、失敗やズレがあれば、再調製する。これを繰り返す。手順5 具(2種)を何にするか考える。※具を決める際のヒント・先人の経験に学ぶ(これまでどんな具の味噌汁が作られてきたのか)・自分の体験から導く(生まれてからどんな味噌汁を食べ、何をおいしいと感じてきたのか)・直観・逆張り あえて常識的でない組み合わせに挑戦する手順6 決定した具にしたがって、だしや味噌を調整調製する。手順7 何度も作る。完成品をさまざまな角度から吟味して、細部に至るまで徹底して調製する。それを繰り返す。手順8 作っていてもっとも心地よく、よどみなく体を動かせる手順を考える。手順9 手順の心地よさと味のおいしさのトレードオフを考え、自分にとってもっとも納得できるレシピを完成する。手順10 そのレシピにしたがって、何度も作り、吟味し、調製する→ルーティン化する。手順11【重要】ときどき、生涯にわたって、レシピを検討し直し続ける。情報集め(資料や既存のレシピを見る、新たな素材を探す、素材の味見をする)→仮説を立てる→作ってみる→成果物を吟味する→情報や仮説をもとにさらに調製する→吟味する→調製する→吟味する→調製する……(以下、繰り返し)

土屋 敦ライター 1969年東京都生まれ。慶応大学経済学部卒業。出版社で週刊誌編集ののち寿退社。京都での主夫生活を経て、中米各国に滞在、ホンジュラスで災害支援NGOを立ち上げる。その後佐渡島で半農生活を送りつつ、情報サイト・オールアバウトの「男の料理」ガイドを務め、雑誌などで書評の執筆を開始。著書に『男のパスタ道』『男のチャーハン道』(いずれも日本経済新聞出版社)など

最終更新:6/16(日) 12:15
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