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車いすレーサーだけで2020年にル・マン参戦!チームオーナーが語るプロジェクトの真相

6/16(日) 10:00配信

Auto Messe Web

モータースポーツ参戦のハードルを下げる

 毎年、フランスで開催されるル・マン24耐久レース参戦を目指しているのが、車いすの日本人レーサー・青木拓磨だ。今年は、その登竜門ともいえるレース「ロード・トゥ・ルマン(RTLM)」にSRT41チームで参戦。チームオーナーのフレデリック・ソーセ代表にインタビューした。じつは、ソーセ代表自身も四肢切断しながらも、2016年にル・マン24時間耐久レースに参戦した経験を持つレーサーなのだ。

車いすの日本人レーサー・青木拓磨選手

 青木拓磨選手は、幼少時のポケバイからスタートし、世界最高峰レースであるFIA世界ロードレース選手権(WGP、現MotoGP)のGP500クラスまで上り詰め、さらにタイトルを目指していた矢先に、1998年のテスト中の事故によって、下半身不随となってしまった。だが、そのの事故から一念発起し、4輪へ転向。サーキットレースからラリーレイドまで幅広く活動している。

四肢切断からわずか4年後にはル・マン参戦

 現在、青木拓磨選手が目指しているのは、ル・マン24時間レースへの挑戦。そのような画策をしていたときに、アジアン・ルマンの代表を通じて、ACO(フランス西部自動車クラブ)から紹介されたのが、青木拓磨選手を今年のRTLMで走らせたSRT41チームのフレデリック・ソーセ代表だ。

 ソーセ代表は現在50歳。2012年7月、家族旅行中に負った擦り傷から人食いバクテリアと呼ばれる細菌が体内に侵入。体組織を壊し、細胞を壊死させていく。結果的に四肢切断ということになってしまったのだ。

 昏睡状態に陥ったソーセ代表は、7月末に病院に担ぎ込まれ、すでにその半月前から身体を切断しなければならない状況にあった。そして意識が戻ったのは8月末だったという。つまり意識が戻ったら自分の手足がない状態であったという。

「意識が戻った直後は手も足もないという実感がなく、すごくショックだった」という。ところが、それからの行動が凄かった。意識が戻ってからわずか2か月後にはリハビリを開始し、3年後となる2015年にはフランスの耐久レース「VdeV(ベドゥベ)耐久選手権」にシリーズ参戦を果たしている。それまではレース経験がなかったのだが、2016年にはLMP2クラスのマシンに国内各所で参戦。そしてル・マン24時間耐久レースにも出場した。

 小さいころからクルマもレースも好きだったのだが、この事故の後、自身にとって「すごく大きな挑戦が必要だった。行くしかないという状況に追い込む必要があった」という。

 ル・マン24時間レースに出場したことについても「夢がかなった」ということ以外に「周囲の多くが無理だといい続ける中、できることを実証でき、不可能だといっていた人たちに対して可能だと見せつけて、驚かすことができた。それはすごくうれしかった」という。その影響は大きく、今でもル・マンのパドックをソーセ代表が移動するだけで、ひっきりなしに声を掛けられるようになっている。

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最終更新:6/16(日) 10:00
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