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ホロコーストで消えた「ピンクトライアングル」は、なぜLGBTQのシンボルになったのか?

6/16(日) 8:02配信

サライ.jp

文/晏生莉衣
ラグビーワールドカップ、東京オリンピック・パラリンピックと、世界中から多くの外国人が日本を訪れる機会が続きます。楽しく有意義な国際交流が行われるよう願いを込めて、英語のトピックスや国際教養のエッセンスを紹介します。

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ヨーロッパで進むLGBTQの人々への理解と差別禁止の根本には、ホロコーストという恐ろしい人権侵害の経験がある―― 前々回と前回のレッスンで触れてきたこの歴史的背景について、今回は掘り下げて考えてみたいと思います。

ホロコーストは、誰もが知る20世紀の人道上の悲劇です。ナチス政権下、ドイツの支配民族で「優性人種のアーリア人」を脅かす「劣性人種」とされたユダヤ人や一部の民族が、組織的な差別、迫害を受け、強制収容所に送られて集団的に殺害されました。

それと同時に、ナチスから国家の敵とみなされた人々も迫害の対象となって、その中に男性同性愛者も含まれていたということは、長い間、あまり知られてきませんでした。これらの人々への迫害はユダヤ人迫害と違って人種的な差別ではなく、ドイツ社会にとって有害だというレッテル貼りによるものでした。男性同性愛者はアーリア人の人口増加に役立たない存在とみなされ、迫害された男性同性愛者の多くは、迫害する側と同じドイツ人でした。同じように、ドイツ人の心身障害者もアーリア人の純性化に無用とされて、多くの障害者が強制的に安楽死させられました。

ナチス秘密警察による厳しい取り締まりが始まった

ドイツでは以前からホモセクシュアルは違法とされていましたが、取り締まりは緩やかなものでした。ところが、総統となったヒットラーによる独裁が始まると、同性愛を罪と定めた刑法175条は改正されて処罰の対象が拡大され、秘密警察ゲシュタポによる同性愛者狩りが始まったのです。

こうして、第二次世界大戦が終わる1945年までの間に、約10万人が同性愛の疑いをかけられて逮捕され、約5万人が有罪となって投獄されました。そのうちの5千人から1万5千人が強制収容所へ送られ、その多くが命を落としたと言われています。記録は残っておらず、正確な犠牲者の数は誰にもわからないというのが本当のところです。

強制収容所では、収容された人々は囚人番号に加えて、色の違う逆三角形の布のマークを囚人服につけられ、グループ分けされていました。ユダヤ人は黄色、政治犯は赤、刑事犯は緑、反社会分子とされた人たちは黒、新興宗教信者は紫、ロマ人は茶色、そして男性同性愛者はピンクのトライアングルをつけられていました。刑法175条には女性の同性愛は含まれていなかったので、処罰の明確な対象になっていなかったものの、反社会的とみられて収容され、黒のトライアングルをつけさせられた女性たちもいたと言われています。

ピンクトライアングルをつけられたグループは、収容所の中で最も低い位置づけをされ、過酷な強制労働や虐待、人体実験も含めて、親衛隊SSから他のグループよりもさらに侮蔑的で残忍な扱いを受けました。

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最終更新:6/16(日) 9:01
サライ.jp

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