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「ひとりで死にゆくひとはさみしいのか?」この問いに向き合う専門家たちが出したそれぞれの“答え”

6/16(日) 6:00配信

文春オンライン

 どんなに「在宅ひとり死」を可能にする制度的条件が整備されても、どうしても解決できない問題が、最後に残る。それは「死にゆく人はさみしいか?」という問いである。

【写真】「在宅ひとり死」をすすめる上野千鶴子さん

 死にゆくひとはさみしいか?

 さみしいだろう、と思う。

 父を看取るときに、体感した。……死にゆくひとのさみしさは、どんな他者によっても癒やされない絶対的な孤独のように思える。この問いにまともに答えようとする専門家たちがいる。

死を前にした人の4つの痛み

 死を前にした患者には、身体的苦痛、心理的苦痛、社会的苦痛、精神的苦痛の4つの痛みがあるという。なぜだか医療の専門職には、患者のスピリチュアル・ペインに応じなければならぬと強い使命感を持っているひとたちがいる。

 そのひとり、エンドオブライフ・ケア協会の代表、小澤竹俊さんのエンドオブライフケアの極意は、「苦しんでいる人は、自分の苦しみをわかってくれる人がいるとうれしい」ことにある。だがこんな負荷を背負ったら、そりゃ専門職の方がバーンアウトするんじゃないか、と心配になる。

 ガン専門医の樋野興夫医師が始めたのが「がん哲学外来」である。樋野さんは、「なぜ、わたしが……」と苦しむ患者と1対1で向かい合い、的確な「ことばの処方箋」を贈る。「がん哲学外来」を必要とする人々がいることはわかるが、あろうことか、「やるなら白衣を脱いで、やってください」とわたしは言ってしまった。

 がん告知をされる側の衝撃の大きさは想像にかたくないが、告知する側の負担感も軽くない。そのときに、医師以外の受け皿があったら、医師の負担感も減るのじゃないだろうか。……という場所が必要だと感じて、作ったひとたちがいる。訪問看護師の秋山正子さんたちが、イギリスのマギーズ・ハウスに倣って作った「東京マギーセンター」である。こういう場所があったら、がん告知をした後に、医師は東京マギーセンターのパンフを患者にわたして、「ここに行ってみたらどうでしょう」と勧めることもできるだろう。

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最終更新:6/16(日) 6:00
文春オンライン

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