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佐伯泰英・インタビュー 希望の時代の影を追って――「新・古着屋総兵衛」シリーズ完結記念

6/16(日) 7:00配信

Book Bang

新・旧両シリーズに『光圀』を加えて、全三十巻。「武と商」に生きた鳶沢総兵衛の物語創作秘話。

 二十年の付き合い

木村 古着屋シリーズの完結おめでとうございます。読者の一人として、大変豊かな時間を過ごさせていただきました。
「影始末」シリーズが十一巻、新シリーズが十八巻、スピンオフの『光圀』を合わせると全三十巻の壮大なシリーズとなりました。
 初代鳶沢総兵衛は西国出身の浪人でしたが、徳川家康より、古着屋の権利と日本橋富沢町の土地、他に駿府に隠れ里の知行を下賜される一方で、日頃より力を蓄えておき、徳川家危難の折には身命を賭して働けとの密約をかわします。表の貌は「古着問屋」、裏の貌は「影の旗本」という仕組みが古着屋新旧両シリーズの構造になっています。

佐伯 「影始末」の第一巻『死闘』が二〇〇〇年刊行ですから完結までに足かけ二十年ということになりますね。「古着屋」は、時代小説に転身後、シリーズとしては、「密命」(一九九九年)の次の二作目でした。この後に「鎌倉河岸捕物控」(二〇〇一年)がスタートします。

木村 世の中は、インターネットが整備され、パソコン・携帯電話が普及しはじめたもののバブル崩壊後の先行きの不透明な時代でもありましたね。

 一千ドル紛失事件

佐伯 若い人たちにしわ寄せがいった時代でしたね。もう五十年前ですが、アルバイトで貯めたお金をトラベラーズチェックに替えて、ソ連を横断し、ウィーン、パリ、バルセロナと、ほとんど情報もないまま、現地の知人を頼って旅をしたことがあります。モスクワからウィーンに移ったんですが、朝、街に焼けたパンの香りが漂っている。ソ連は軍事大国だったとはいえ、庶民の経済レベルでは貧しい社会主義国家でしたから、食べ物の香りなどしません。ウィーンの街に溢れるパンの香りを、「ああ、これが自由の香りだ」なんて思ったものです。その直後です。顔が真っ青になったのは。

木村 何かあったんですか? 

佐伯 モスクワのホテルにトラベラーズチェック一千ドル分を置き忘れてきてしまったのに気づいたんです。

木村 えっ! 

佐伯 現地のアメリカンエキスプレスに駆け込んだのですが、「パリの支店に行け」という。鉄道のキップは持ってたので、食うや食わずでパリに移動し、パリで働いていた大学時代の友人のアパートに転がり込んで、アメックス通いです。訪ねども訪ねども「またお前か。まだだ」です。ようやく確認がとれてトラベラーズチェックが再発行されたのが二週間後でした。それでようやくスペインに向けて移動出来たのです。

木村 生きた心地がしなかったんじゃないですか。

佐伯 私は楽観主義者なんですが、さすがにあのときは肝が冷えました。
 話を戻しますと、二〇〇〇年頃の日本は就職氷河期まっただ中で、不安な時代でした。若い人たちに夢や希望を語る雰囲気ではなかった。私がやったような無謀な旅のひとつもなかなか出来るような時代じゃなくなってしまっていた。そういうこともあって希望のある小説を書こうと思っていました。

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最終更新:6/16(日) 7:00
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