ここから本文です

なぜ日本のグループ・サウンズはビートルズになれなかったか

6/18(火) 11:00配信

NEWS ポストセブン

「ビートルズになれなかった」という文脈から言えることは、まず音楽性であるが、これは、ある意味、仕方がないことであった。当時の日本では、プレイヤー、ファン、制作サイドのどのレベルにおいても洋楽的音楽センスは未成熟であり、残念ながら、「まがい物」のそしりは免れないものであった。

 とはいえ、大事なことは、レコード会社の徒弟修業的な専属作家制度を打破し、橋本淳、なかにし礼、すぎやまこういち、筒美京平などの、フレッシュな才能を持ったフリーの作詞家、作曲家が台頭し、伝統的歌謡曲のテイストを大きく変えたことである。さらには、GSは、プロが作る歌謡曲を歌わされていたと思われがちだが、スパイダースやブルー・コメッツのシングルの半分以上はメンバー(かまやつひろし、井上大輔)が作った自作自演であり、GS全体でも、シングルの3割近くが自作曲であった。

 同時代のフォークブームもあわせて、普通の若者たちが、プロの作家、演奏者、制作者を介在しないで、自作自演した曲を、同世代の若者に届けられるという新しい音楽文化の下地が構築されたわけで、GSの時代がなければ、その後のニューミュージックからJポップへと至るわが国の音楽文化は育たなかったのである。

「GSがビートルズになれなかった」もう一つの要因は、当時の政治的時代状況にあった。いうまでもなく、1960年代後半は、全世界で「若者の反乱」=「大人への反抗」が噴出し、ロックミュージックも、その文脈で若者の支持を獲得していたわけである。

 ビートルズは、商業的成功をおさめていたが、その言動や実験精神から「反体制」側からも支持されていた。これに対してGSは、同世代の学生運動に傾倒していた若者たちからは、ミーハーで堕落した商業主義音楽との烙印を押され、基本的には体制側の音楽とみなされていた。その結果、「文化」として正当に評価される地平に立てなかったのである。

 ただ皮肉なことに、当時のGSは、PTAや学校から「不良の音楽」と目の敵にされ弾圧されていたので、結果として、GSは、絶大な人気がありながら、保守派からも左翼からも嫌われるという「板挟み」状態にあった。

 今から冷静に振り返れば、ともに、当時の大人たちが守ってきた既成の価値観や秩序に反発して「世代間抗争」を展開していたわけで、政治的局面では対極であっても、新時代を開拓せんとする若者の熱いエネルギーの発露という点では、同じベクトルを有していたのであり、その意味からの「再評価」が、今こそ必要であると思われる。

※週刊ポスト2019年6月28日号

2/2ページ

最終更新:6/18(火) 11:00
NEWS ポストセブン

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事