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がんの妻が願った最期の「七日間」 1日目は料理、2日目は手芸、7日目は……

6/18(火) 11:00配信

文春オンライン

 2018年3月、朝日新聞朝刊に掲載された「妻が願った最期の『七日間』」と題された投書は、SNSで紹介されるやいなや、瞬く間に19万人の「いいね」を獲得した。71歳の男性が、がんで同年1月に他界した妻の遺した詩のことを書いたものだった。

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 その詩「七日間」は、もしも神様からあと七日間の元気な時間をもらえたら、一日目は料理、二日目は手芸、三日目は身の回りの片付け、四日目は夫婦と愛犬でドライブ、五日目は子と孫の誕生会、六日目は女子会、七日目は夫婦2人で好きなCDをかけながら話したい、と続く。妻の願いは叶わなかった、詩の最後の場面、七日間ののち、《私はあなたに手を執られながら 静かに静かに時の来るのを待つわ》という部分を除いて。

「新聞で読んだ時、こんな、物語のような実話があるのだなあ、と感動しました」

 シャンソン歌手・クミコさんはその時、いずれ自分がその詩を歌うことになろうとは想像もしなかった。同年11月、事務所に一通の手紙が届く。差出人は件(くだん)の投書の主、宮本英司さんだった。

「亡くなった奥様の容子さんは、私のシャンソン仲間と親しかったそうです。その方のブログに“小春ママ”と呼ばれてよく登場していました。小春ちゃんはご夫妻が飼われていた犬です。本当にびっくりしました。手紙には、奥様の詩を私に歌ってほしい、とありました」

 クミコさんは、戦後の広島で原爆症に苦しみながらも平和を願い鶴を折り続けて死んでいった少女を歌った「INORI~祈り~」で2010年に紅白歌合戦に出場、その後も「最後だとわかっていたなら」など、死と向き合う歌をうたってきた。

「奥さんの願いは旦那さんをどこまでも見守りたいということ」

「自分が望んでというより、人から“この曲をあなたに歌ってほしい”と頼まれることが多いのです。今回も最初は、私でいいのか、と戸惑いました。でも周りから、それこそ縁というもので、応えることがクミコという歌手の使命かもしれないよ、と言われて」

 歌うことを決めたクミコさんは、音楽プロデューサー・酒井政利氏と制作を開始する。酒井氏は南沙織や山口百恵、郷ひろみを育てた伝説的プロデューサーである。

「コーラスの“あなたを守りたい”という言葉は、原詩にはない。酒井さんの発案です」

 とクミコさん。取材に同席した酒井氏は力強く語った。

「この奥さんの願いは地上に残す旦那さんをどこまでも見守りたいということ。これは深い純愛の歌です。作詞の覚和歌子さんの言葉がさり気なく伝えてくれています。一見平凡で日常的な、夫婦の中で長い時間をかけて育まれた愛に、いま誰もが憧れているはずです。世代を超えて共感を呼ぶ歌だと確信しています」

くみこ/1954年茨城県生まれ。早稲田大学卒業。78年「世界歌謡祭」に日本代表の一人として参加。82年よりシャンソニエの老舗「銀巴里」(東京・銀座、現在閉店)で歌う。2003年、バルバラの曲を日本語オリジナルで歌った「わが麗しき恋物語」がヒット。

INFORMATION

『妻が願った最期の「七日間」』
作詞:覚和歌子 作曲:KEN for 2SOUL MUSIC, Inc. , Philip Woo, JUNE
編曲:KEN for 2SOUL MUSIC
日本コロムビア COCA-17621  1204円(税抜き)発売中

「週刊文春」編集部/週刊文春 2019年6月20日号

最終更新:6/18(火) 11:00
文春オンライン

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