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ミッキー吉野 コシノジュンコ氏の衣装をボロボロにした思い出

6/20(木) 7:00配信

NEWS ポストセブン

 1960年代後半から1970年代前半にかけて一世を風靡したグループ・サウンズ(GS)。1966年に結成されたザ・ゴールデン・カップスは『長い髪の少女』などでファンを熱狂させた。そのカップスで活躍し、のちにゴダイゴも結成したミッキー吉野が、当時の思い出を語ってくれた。

 * * *
 僕らは全員横浜出身。当時の横浜は洋楽がいち早く手に入る土壌でした。もちろんステージでは外国の曲ばかりやってましたけど、カップスがやるとその洋楽がヒットするという噂が立って、レコード会社各社が洋楽盤を持って来てましたね。

 カップスは男性読者が多かった雑誌『ミュージック・ライフ』の人気投票で1位になっていて、玄人受けしていたには違いありませんからね。セカンドアルバムのレコーディングの最中には、東芝の洋楽担当が海外アーティストのシングルを持ってきて「これをぜひやってくれ」と言うので、その場でポータブル電蓄でレコードをかけてメロとコードを聞き取って……そうしていきなりレコーディングして仕上がったのがブレントン・ウッドの『ギミ・リトル・サイン』って曲だったんですよ。

 僕がカップスに入ったのはちょうど『長い髪の少女』が大ヒットして一番忙しかった時期でした。売れてくると、それまではユニフォームなんてなかったのに、コシノジュンコさんデザインのユニフォームが出来上がってきたんです。ただ、それを着るのが全員嫌でね(笑い)。撮影と新曲発表会の2回しか着なかったんじゃないかな。撮影の時なんか皆で反抗して、衣装の後ろをボロボロにしちゃったんですよ。何しろ音楽しか目指してなかったですからね。メンバーどうしの喧嘩もあったけど、それも音楽のことでしたから。

 その反面、カップスっていうのは時間にルーズなバンドとしても語り草になっていますね。ジャズ喫茶では時間にメンバーが揃わなくて、対バンのバンドに2ステージ先にやってもらっているうちにメンバーが揃う、なんてこともよくありました。

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最終更新:6/20(木) 7:00
NEWS ポストセブン

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