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雅子さまは均等法世代の女性たちの写し鏡か【大塚英志氏書評】

6/20(木) 16:00配信

NEWS ポストセブン

【書評】『皇室女子 “鏡”としてのロイヤル・ファミリー』/香山リカ・著/秀和システム/1400円+税
【評者】大塚英志(まんが原作者)

 新しい皇后が当時の皇太子と結婚する前、外務省に入省したのは一九八七年、男女雇用機会均等法が施行された翌年である。その意味で均等法第一世代であり、その彼女の結婚以降の人生に少なからず自身を重ね合わせる女性たちは少なくない。

 香山リカもその一人だ。男性と同等、あるいはそれ以上の努力を重ね社会に出て、法が平等を保証したはずなのに現実は当然異なり、結婚をすれば「妻」や「嫁」といった役割を自明の如く期待される。今でこそハラスメントの一つに数えられもするが、子供はまだかと誰彼となく問われる。

 それでも彼女の夫となった皇太子はそういう世間から身体を張って妻を擁護し、皇室記者にキレたりもしてくれたが、彼ほどには頼りにならぬ夫への憤りも含め、長い間「雅子さん」は「彼女たち」の共感の対象としてあった。それは「彼女たち」の夫の世代であるぼくたちが身近で経験してきたことでもある。

 とはいえ「適応障害」から「公園デビュー問題」まで本書で改めてお復習いすれば、国民という「小姑」(差別的表現だが)に好き勝手に翻弄された雅子さんの困難さを男であるぼくは迂闊に「わかる」とも言い難い。保護犬を引きとったらしい、犬と一緒に写真に収まっている彼女を見ると「ライナスの毛布」にも思え、そのしんどさの一端を想像するぐらいしかできない。

 対して香山は均等法世代としての「雅子さん」への自身の共感を踏まえて、皇室の女性たちはこの国に生きる女性たちの「写し鏡」であり、それ故に「誰もが皇室にはいつまでも続いてほしい」と願っている、と結論する。

 象徴天皇は「国民の総意」という検証不可能な意志とも感情とも言い難いものに憲法上根拠付けられているが、しかし、自己像の仮託による共感が天皇制を支える根拠であるというなら、かつての戦争時の天皇への感情的没入とそう距離はない気が僕にはする。天皇という制度が何であれ国民の私の感情移入に支えられることが妥当なのか、それが気になる。

※週刊ポスト2019年6月28日号

皇室女子 “鏡”としてのロイヤル・ファミリー

最終更新:6/20(木) 16:00
NEWS ポストセブン

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