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「後に続くものの姿が見当たらない」BUCK-TICKとBOØWYの大きな違いとは?――近田春夫の考えるヒット

6/20(木) 17:24配信

文春オンライン

『獣たちの夜』(BUCK‒TICK)/『純烈のハッピーバースデー』(純烈)



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“我が国固有のロック”とは……? とは、いささか壮大過ぎて、とてもこの紙幅で書きおおせられるようなテーマではないとも思うけれど、いくつかの傾向、特徴を探し出すぐらいのことなら、そう難しくもあるまい。

 たとえば“ビジュアル系”である。端緒はおそらくはイギリスで興った「ニュー・ロマンティック」のムーブメント(グラムロックの系譜ではないと思う)あたりかとも考えられるが、ただそうしたルーツと“ビジュアル系”との間に於いて、作品的な共通性など、今となればさほど見つからぬ。敢えて申すのなら、音楽表現というよりはシアトリカルなライブステージのつくりや、中性的なアピアランスの演出の部分での影響である。そこから“視覚的”すなわち“ビジュアル系”の呼び名も一般に定着したのではないか? いずれにせよ、もはや“ビジュアル系”は、日本に定着した独自のロックのスタイルである、といい切って、差し支えないだろう。

 シーンの繁栄の礎を築いたのは、間違いなくBOØWYとBUCK-TICKである。共に北関東の出身であるのが興味深い。やはり場所/風土には何か意味があるのかも知れない。その点については、またいずれ日を改め考えるとして……。

 BUCK-TICKに俺がいつも感じるのは“孤高”である。いい換えるのなら「後に続くものの姿が見当たらない」。そこが、BOØWYとの大いなる違いではないだろうか?

 BUCK-TICKを聴く度に思うのは、肉声とサウンドの拮抗のことだ。アンサンブルとしての意味合いが強いといってもいいが、jpop枠のバンド音楽全般を俯瞰すると、どうもソロ歌唱パートの突出的魅力を中心に据えることで成立を果たしている場合が多い。あくまで“歌をサポートするカタチ”でバックとしてバンドが機能しているのである。

 そうしたなかBUCK-TICKは、ボーカルを含めた各パートそれぞれの奏でる音の絡み合いこそが聴き手の官能的興奮に確実に寄与している――本来のバンド音楽ならではの楽しみをずーっと提供し続けてくれている――数少ないグループだと俺は思っているのだが、新曲『獣たちの夜』でもその印象は変わらなかった。

 何より耳に残るのは先ずギターのリフで、そのカウンターとして放たれる肉声(言語)との相乗効果には、彼等にしか表しえぬ、それこそ「修辞」と呼ぶにふさわしい技術の発露が充分堪能出来る。その結果の、一種抽象的ともいえる景色と、たとえばサビの部分の、よく歌謡曲に見られるような下世話な和声の組み合わせのもたらすものは、まさにBUCK-TICKならではの“オリジナルな快感”といってよく、それは決して追従者たちには作り得ぬ“孤高の世界”に違いないのである。

 純烈。

 あ、また“お誕生日モノ”だよ。なんか流行ってんのかなぁ? この間のback numberもそうだったし、ちょっと気になるよね、この動きは。

ちかだはるお/1951年東京都生まれ。ミュージシャン。現在、バンド「活躍中」や、DJのOMBとのユニット「LUNASUN」で活動中。近著に『考えるヒット テーマはジャニーズ』(スモール出版)。近作にソロアルバム『超冗談だから』、ベストアルバム『近田春夫ベスト~世界で一番いけない男』(ともにビクター)がある。

近田 春夫/週刊文春 2019年6月13日号

最終更新:6/20(木) 18:06
文春オンライン

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