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次郎長巻きを食べながら

6/20(木) 6:05配信

幻冬舎plus

矢吹透



最近気づいたことなのですが、世の中には、人としてのあり方が、大人っぽい人と子供っぽい人とがあるような気がいたします。

その違いは何なのだろうかと考えていて、ひとつ、ふっと思い浮かんだのは、大人であると相手に感じさせるような人は、自分にも、他人にも、甘えの少ない人なのではないか、ということでした。

自分自身に対して、また他者との関係において、甘えを持ち込む人は、どことなく幼い印象を与えるものなのではないでしょうか。

どんな人にも、甘えたい時、あるいは誰かを甘やかしたい時、もあるでしょう。

しかし、そのような時においても、大人である人は、自分が甘えること、相手を甘やかしていること、をお互いにきちんと認識し、認め合った上で行っているような気がするのです。

逆に、幼く感じられる人は、人間関係の中に、本人も無意識のうちに甘えを持ち込む、という傾向があるように思います。

いいとか、悪いとか、ジャッジする気持ちはありませんが、私にとって個人的に、コミュニケーションの相手として楽なのは、人間関係の中に不用意に甘えを持ち込まない人です。 

 

幸い、私は自分の身近に、難しくないコミュニケーションを交わせる友人たちに恵まれているのですが、それでも時折り、厄介に感じる人間関係に巻き込まれることもございます。

ヒトは群れで生きる動物ですから、他者との関係を断ち切って、生きて行くことは、現実的には不可能です。

関係が難しい、と感じることがあっても、どこかで自分の中に折り合いをつけ、周囲とうまくやって行く努力が必要です。

そんなことに少しくたびれると、私は一人で近所の大衆鮨屋に足を運びます。

気っ風のいい職人衆と会話を交わしながら、ハイボールを飲み、次郎長巻きを頼みます。

私はつい最近まで、この巻き物を知りませんでした。

山葵の茎を刻んで、それだけを細巻きにしたものなのですが、山葵と言えば静岡県の清水の名産、清水と言えば次郎長親分、という連想から名付けられたもののようです。

次郎長巻き、でネットサーチをしてみましたが、あまりヒットしないようなので、一般的な呼び名ではないのかもしれません。

山葵の茎がない時には、注文を断られることもあったりしますが、そんな時、私は我が儘を言って、普通のおろし山葵だけで細巻きを作って頂いたりもいたします。

さっぱりと爽やかで、少しツーンと来る味わいが、酒の肴に最高なのです。

次郎長巻きを食べながら、酔った頭でつらつらと、大人というものについての考察を巡らせたりする私です。


■矢吹透
東京生まれ。
慶應義塾大学在学中に第47回小説現代新人賞(講談社主催)を受賞。
大学を卒業後、テレビ局に勤務するが、早期退職制度に応募し、退社。
第二の人生を模索する日々。

最終更新:6/21(金) 11:05
幻冬舎plus

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