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『ホモ・デウス』は現代人に生の意味を与える「宗教書」かもしれない

6/21(金) 15:00配信

現代ビジネス

『ホモ・デウス』はSFに似ている

 歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリの世界的ベストセラー『ホモ・デウス』を読んで、不思議な既視感に襲われた。似たような内容を、SF小説で何度も読んできたような気がするのだ。しかし、「荒唐無稽」なフィクションであるSFと違い、本書は歴史学者の書いた人文書であるということになっている。この類似点と違いはどういうことなのか、眩暈のような感覚に襲われたのだ。

 人類のこれまでの歴史の進歩と、現在の科学や価値観を根拠にし、近い未来にはどのようなことが起こるのかを語ったのが本書である。

 そこで語られている内容を紹介すると、人類は「死」を克服し「不死」に至る、科学技術によって自身の心身を改造して「超人」に至る、意志や意識に価値の重きを置く「人間至上主義」の時代が終わりビッグデータを基にしたAIによる判断により高きを置く「データ至上主義」の時代になる、人類がエリート層とそうでない層に分裂する……などである。SFが描きそうな物語ではないか。

 なぜ、この書物は、SFと似ているのだろうか? そしてそのことには、どういう意味があるのだろうか? 
 そのことを考えていくために、本稿では、『ホモ・デウス』と、SF作品を比較しながら考察を進めていくことにしたい。

「人間の時代」が終わる

 ハラリの主張を、筆者自身の理解と咀嚼を経た上で要約すると、以下のようになる。

 人類はこれまで、自分たちの生存の障害になる「自然」「病気」などを科学技術や社会制度の力を通じて克服し、力を増大させ続けてきた。次第に社会の問題の克服にも向かい、最近では心の問題の克服にも向かっている。

 そしてついに、バイオテクノロジー、遺伝子操作、脳科学などの技術を得た人類は、老いることや、死ぬことそのものの克服にも着手し始めている。人類史の発展は、人類の力を増大させ、「神」に近づくプロセスである。

 自身の遺伝子、身体、脳すら改造し操作可能な対象として扱う現在の科学・医療の考え方の底には、人間や生命は「アルゴリズム」であり、情動や思考や幸福も「生化学的なプロセス」であるという捉え方がある。

 たとえば「鬱」になったとする。「人間至上主義」の時代、つまり、近代であれば、それを「メランコリー」と呼び、詩的な情緒に彩られた文学作品にしていたかもしれない。

 しかし今では、おそらく標準的な治療は抗鬱剤の投与であろう。そこで選ばれる薬はSSRI=「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」やSNRI=「選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬」であることが多い。つまり、脳内の化学物質であるセロトニンやノルアドレナリンの量や流れを調節することで、心理的・主観的な現象をコントロールする治療が一般的なのである。

 これらは、当然、人間観を変化させる。「生命の神秘」のような考え方や、「人間の情動こそが至高」と考えるロマン主義などは、説得力を失ってしまうはずだ。近代に確立した「人間至上主義」が価値や規範として説得力を失っていき、別の考え方の時代に移行しつつある。新しい時代のパラダイムは「データ至上主義」である。

 人間や生命がアルゴリズムそのものであるならば、コンピュータやインターネットやAIよりも、人間がより上位の存在であるべき根拠はない。従って、人権や平等などを重要なものと見做す「人間至上主義」である現在の価値観は崩れ、「データ至上主義」の時代が来る。AIの方が、人間よりも正しく判断できる事例が既に数多くあるので、人間の判断や意志、意識に高い価値を置く根拠も薄れていくのだ。

 「不死と至福と神のような創造の力」を得るためには、「人間の脳の容量をはるかに超えた、途方もない量のデータを処理しなければならない」(下、p243)のであり、AIやデータの支援を受けながら「不死と至福と神のような創造の力」を得るようになる。世界の大金持ちたちは既にそのような研究に巨額を投じており、それを利用できる層と利用できない層に人類は分かれていく。

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最終更新:6/21(金) 15:00
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